第4話 武が蔓延っている


 僕の住む町はそれほど大きくはないが、活気はとてもある。

 国の辺境に位置し、敵対している二国と隣接している。 

 といっても、隣国とは魔の森と呼ばれる大森林によって隔たれている。 敵国に備えるよりも魔の森から魔物が押し寄せてくるのを防ぐのが役目だ。


「どうしたらいいんだ……」


 魔術師に会うために母に課された試練。

 『シャルルを倒すこと』。

 うん、無理だ。

 相手は猫人族。

 人族とは身体能力が違いすぎる。


「ぐぅ……」


 未だ熱を持つ顔の腫れ。

 首がねじ切れそうになるほど殴りかかってくる猫耳幼女を思い出して身震いした。

 前世でもケンカなんてしたことない。 ましてや武術なんて。

 どうする、どうする!?


「てか、本当に魔法は使えないのか?」


 魔法と言う概念は、実在する。

 前世とは違い、たしかに存在する世界。

 種族で使えないなんておかしな話じゃないか?

 そもそも魔術は使えるんだろう、人族も。

 違いはなに?


「うーん……情報がたりないなぁ」

 

 母も魔法や魔術は専門外。

 彼女もまた脳筋戦士の一人だから。

 この武の蔓延る町の警備隊をやっているほどのね。

 町の住人のほとんど、というより、この国中で武術が流行っている。

 国技なんだろうか?

 

 農夫も商人も宿屋の主人でさえ、訓練場で日々汗を流している。

 ある意味健全なんだが、時たま馬鹿みたいな、自分の力を過信して暴れちゃうような若者が現れるらしい。

 そういった奴らをボコるのが母たち警備隊の役目だ。


「どこもかしこも、武人だらけ……」


 なんとなく町を散歩していると見えてくる。

 訓練場以外でも、村人たちは町のいたるところで体を鍛えている。

 あらためてこの状況の異常さを痛感する。

 一見普通に店の掃除をしているような店員でさえ、体に重しをつけて武術的な動きをしていて、石柱を一心不乱に腕で叩く男たちもいる。

 武が町の至る所で蔓延っている。

 

「はぁ……」 


 いくつもある武練場を見て回ったが、どこもヤバイ。

 シャルルに勝つためには特訓は必須。

 しかし、五歳児には厳しいところばかりだ。

 母にも特訓はしてもらうが、仕事から帰って家事をしてその後だから、さほど時間は割いてもらえない。

 僕は早く魔術師に会いたいのに。


「ん? ……ここも武練場かな」


 あまり広くない武練場。 辺りは林に囲まれ、中央には石畳が正方形に敷かれている。 林の奥に行く道があり、井戸もあるようだ。

 人はいないみたいだ。

 少し町から離れてしまったから、使われていないのかな?

 

「ふふふ、ならここを僕の秘密基地にしよう」


 魔法の研究に使えるぞ。

 武術の特訓は……適当に――。


「ほう……、なら小童は道場破りということかのぉ?」


「っ!?」


 首筋にナイフを突きつけられた。

 そんな幻視を僕は見た。 実際は肩に手を置かれて声をかけられただけなんだけど。 恐ろしいほど澄んだ女性の声。 鈴の音のように僕の耳朶を撫でる。 彼女の発した言の葉の意味を考えて僕はハッと振り返った。


「あ、あの、違うんです。 ぼ、ぼくは……」


「くくく――」


 僕の慌てふためいた姿に、白銀の髪をした少女は腹を抱えて笑っている。 白雪のように白い肌。 ほっそりとした首筋、不思議な形をした道着の胸元は恐ろしいほどに平坦で、一瞬僕は彼女の性別を疑う。 

 と、額の中央より上、小さな角が見えた。

 鬼人だ。 

 一本角の鬼人少女。


「くふふ……、さすが今話題のフルチンのジンじゃ、笑わせてくれる。 うむ。 特別に妾の弟子にしてしんぜよう」


 嬉しいじゃろう?

 と、高笑いする少女に、僕はまったくついていけなかった。


 というより、今話題のフルチンのジンってなんだよ……。




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