第10話 名探偵シャルル襲来!


「良いか? 同時に集中するのじゃ」


 ルーナの修行は、まず気の訓練からだった。

 僕はお尻ほどの大きさの石の上で、胡坐を掻いて集中する。

 体の中を心臓が脈打つように駆け巡る、温かな気の巡り。 心臓が中心か。 頭の先から足先まで余すとこなく僕の気は通っている。

 体を巡った気は外へと向かう。

 漏れ出た気が僕の体を覆うのが分かった。


「ふむ……」

 

 おっと、自分に集中し過ぎた。

 この感覚を維持したまま、ルーナの気に集中するんだっけ。

 僕は閉じていた瞼を、ゆっくりと開ける。


「え」


 そうすると、いつもと違う視界に驚いた。

 

 これはなんて表現すればよいのだろう?

 今までの世界がモノクロで今は色彩が溢れている。

 木や花が、大気でさえも。 生命力……エネルギーが視覚化されているのか。

 青や緑のふわふわしたのが花や木の周りに浮かんでいるのはなんだろう?


「どうやらできたようじゃの? では、そのままわらわの動きを、気の流れを意識して観察するのじゃ」


 僕が頷くと、ルーナの演武が始まった。

 前回見た時と同じく流麗で華麗な演武。 思わず見とれてしまう美しさがある。

 だけど今は淀みなくながれる気の流れの洗練さに、見惚れてしまう。 

 集中力が途切れたのか気の流れが見えなくなった。


「ほらジンよ、自分の気が疎かになっておるのぉ。 まずはしっかりと意識するんじゃ」


 そのうち無意識でもできるようになる、とルーナは演舞を続ける。


「ふぅ……」


 僕は再度目を瞑る。

 心臓から打ち出され体中を巡り外へと溢れるイメージ。

 溢れた気を体に纏わせる。


 ……よし。

   

「うむ」


 ルーナの演武を見ていると心が躍る。

 アイドルのライブとか生で見たことなかったけど、こんな感じなんだろうか?

 彼女の息遣いと空気を打つ音、生みだす風は僕の頬を撫で、発する存在感は僕の胸を打つ。


 演武を見続けるうちに僕は一つ気づいた。

 

 踏み込む足、打ち付ける腕、力を入れる部分で気が大きくなっている。 

 でもそれだけじゃない。

 一瞬、彼女の気がほとんど感じられなくなることがある。

 ほんとうに、刹那の瞬間。


 ぱぁん、と空気を打つ音がして、彼女の演武は終わった。

 

「ふぅ……、さて、次は気の移動の練習をしてみるかのぉ」


 と、ルーナが次なる修行に移ろうとしたとき、珍客が現れた。


「あー! ジンっ、こんなところにいたのにゃーー!!」


 猫耳をピコピコさせ尻尾を立てたバイオレンス幼女。

 シャルルだ。

 短い手足なのに速い。

 さすが猫獣人。

 なんか怒っているみたい。


「こんなところでなにしてるのにゃ! ……ジンが全然こないから、シャルが大変なのにゃよーー!!」


 なんで僕がいかないとシャルルが大変なのかな?

 理不尽なクレームで騒ぎ立てる。

 頬を膨らませているのが可愛い。

 

「ずいぶんと元気な彼女がきたのぉ、ジン」


 茶化すルーナを見て、シャルルの大きな瞳がさらに大きくなる。

 面白がって煽るのはやめてほしいな。


「にゃ? ……わかったのにゃ! そっちの女に誑かされてるのにゃね!!」


「「え!?」」


「こんな人気のない場所で二人きりなんてそれしかないのにゃーー!!」


 名探偵シャルルは吠える。

 たしか人気のない竹林の廃れた道場ですけど、誑かされてないよ。

 5歳児のくせにおませな思考だ。

 獣人の方が成長が早いのだが、そのせいだろうか?

 

「ジンを狙う年増は退治するようにメリサ師匠に言われてるのにゃ! 勝負するにゃッ!」


「と、年増じゃと……!?」


 シャルルの先制パンチ。

 わらわはまだ十二歳なんじゃが……と、ルーナがショックを受けていた。



 


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