第16話 タブラとミレア


 賭場はいつでも熱気と阿鼻叫喚に包まれている。


「相変わらず、運だけはいいじゃないか、タブラ?」


「あん?」


 大勝ちしていた灰色の長髪の優男に、猫耳をつけた女が声をかけた。

 

「ミレアか。 運だけとはずいぶんじゃないか? あっちも良かったろう?」


「変な言い方をするな。 誤解されるだろうが!」


 くくく、と悪人の笑い方をする優男。

 質の悪い冗談に顔をこわばらせる猫人の女。

 二人のやり取りを賭場の住人たちも興味深そうに、決してかかわらないように、聞き耳を立てている。


 優男のほうが賭場の常連であるが、女の方は珍しい。


「おまえが提出したモノの件で聞きたいことがある。 場所を変えるぞ」


「はぁ? 今は大勝ちの流れなんだが……」


 優男の態度に猫耳の女が怒気を発する。


「「っ!」」

 

 武術を嗜む博徒たちも、全員が背から冷汗を流した。

 場の流れは変わった。

 

「はぁ~……。 ったく、行けばいいんだろう?」


「最初から素直についてこい」


 猫耳の女のよく引き締まった尻を触ろうとした優男の手が変な方向に曲げられながら、二人は賭場を出ていった。


「「ふぅう……」」


 賭場に残された博徒たちから一斉に溜息が漏れた。

 ある程度、武術を収めた者たちだからこそわかる、絶対的な力量の差。 それを猫耳の女は持っていた。


「……再開だ!」


 哀れな優男はイケメン死ねの精神からか、はたまた流れを持っていた奴が消え去り次の流れを掴むのは俺だと、賭場はまた熱気を取り戻す。



◇◆◇



 猫耳の女は紫色の石を見せながら優男に問う。


「ミレア。 おまえがわざわざ来るような話しか?」


「……」


 猫耳の女は黙る。

 彼女はこの町や周辺の町を束ねる領主直属の兵だ。 それもそれなりの地位のある。 この国における地位はイコール強さである。 賭場の荒くれどもが押し黙るほどの強さを彼女は持っている。


「娘に会いに来た、ってのも違いそうだな~~。 旦那とまだ仲直りしてないんだろう?」


「あの馬鹿の話しはするな。 私は領主様から話しを聞くように言われてきただけだ」


 領で一番の狩人ハンターであるお前にな。 と猫耳の女は告げる。

 優男は納得していないが、聞かれたことには素直に答えた。

 

「マーダージャッカルがいたのもそうだが、森の雰囲気がおかしい。 植生にも変化があるし……主が交代した可能性もあるな」


 魔の森は、その地域のボス的存在の影響を受ける。

 それは森そのもの自体の変化であり、ハンターや周辺で生きる者たちにとって脅威だ。


アレ・・は、まだ採取可能か?」


「問題ない」


 優男はソロのハンターだ。

 通常はチームを組み獲物を狩り恵みを手にいれる。 町のハンターであれば、農作物の被害を減らすため、食肉を手にいれるため。 外からハンターがくる場合もある、珍しい魔獣や素材を手にいれるためだ。


 優男のハンターとしての活動は、町に住むけれど後者の、それも採取に特化している。


「そうか。 領主様の奥方様が気にしている。 問題があれば人を派遣するそうだ」


 その言葉に納得がいったのか、優男は嗤う。


「くくく、そんなことでか」


 端整な顔に張り付いた歪な笑みを、猫耳の女は惚けたように一瞬見ていた。 彼女の全身を稲妻のように甘美な刺激が走る。 抑えきれない。 猫人は欲望に忠実だ。

 夜は深く人はいない。

 

「……っ」


 ほんとうに一瞬だけだったが、一流のハンターは見逃さず。 

 二人は夜の町に消えて行く。

 

 

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