11/21 飾り
わたしはおそるおそる窓を開け、外を見た。
泥の跡は確かにあって、でも何が原因でついたものなのかはわからない。ここは二階だ。きっと鳥とか野良猫とか、あるいは風で飛んできたゴミの類とか、そういうものの仕業だろう。
そういうことにしておきたい。
「何もないわよ、姉さ――」
言いかけてふと、雨樋の中に何か落ちていることに気づいた。
金色の棒状の金具がついているように見え、どうやら髪留めだろうと見当がつく。赤と白の混じった飾りに既視感があった。
「ちょっと待って」
父がむかし、昆虫採集に凝ったことがあった。もうずいぶん古い話だけど、そのとき使っていた虫取り網はまだ物置にあったはずだ。わたしは階段を駆け下り、柄の長い虫取り網を持って戻った。
「蝶々でもいたの? なぁ子ちゃん」
姉の楽しそうな声を背に、慎重に雨樋の中に網を伸ばす。端を引っ掛けるようにして、なんとかそれを拾い上げた。
やっぱり髪留めだ。金色の金具に七宝焼で作った椿の花が取りつけられている。作り物ながら生命力を感じる形といい、白と赤の混じった花びらの色合いといい、なかなか凝ったものだ。
我が家の椿にずいぶん似ている。
わたしはなおも考えた。おそらく量販店で簡単に買えるようなものではないだろう。そしてわたしも姉も、こんな髪飾りは持っていない。
わざわざこんなものを欲しがるのは誰だろう――抗いようもなく、色白の愛らしい顔が脳裏に浮かんだ。
かずみちゃん。
うちの椿が一番好きだと言っていた。わたしの知る限り薫くんは妹に甘かったし、髪飾りのひとつやふたつ、オーダーメイドで作らせてもおかしくない。
「なぁ子ちゃん、どう?」
姉に声をかけられて、驚くあまり小さな悲鳴をあげてしまった。姉はころころと笑った。
「なぁ子ちゃんてば、気をつけないと窓から落ちちゃうわよ。どう? 蝶々、捕まえたなら見せて」
わたしはてのひらの中を見た。見せるわけにはいかない、と思った。スカートのポケットに髪飾りを滑り込ませ、窓を閉めた。
「見間違いなの、姉さん。蝶々じゃなかった」
「じゃあなんなの」
とっさに言葉を失ったわたしを見て、姉はくすぐったさそうな笑い声をあげた。
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