11/27 物語

(忘れてるってのは、きっと理由があるんだよ。それを無理に思い出させようっていうのはさ、よくないんじゃないかな)


 いつだったか、薫くんがそんなことを言っていたのを覚えている。

 彼の言うとおり、姉の記憶などむりやり呼び覚ますものではなかったのかもしれない。

 人間らしい記憶を持っていてほしいと願うなら、いっそ一から作り上げた嘘の記憶を与えた方がよかったのかもしれない。たとえばわたしが考えた牧歌的な物語を、姉の記憶としてそれらしく話していたら。

 そうである限り姉は、飾り棚の中ですやすやと眠る日々を、いつまでもいつまでも過ごしていたのではないだろうか。


 でも、わたしが好きだったお菓子を姉が覚えていてくれたことが、わたしにはどうしようもないほど嬉しかったのだ。


 だから、わたしが作った物語では、結局駄目だったのだと思う。


 姉を胸に抱えたまま、わたしは無防備に、背中から庭に着地した。

 衝撃で呼吸が止まった。二階なんかさほどの高さでもないと思っていたのに、まったく動くことができない。痛みはなかった。でも、体がいうことを聞かない。

 視線の先に見える夜空が、だんだん霞んでいく。

「なぁ子ちゃん」

 腕の中で姉が動くのがわかった。長くて冷たい髪がわたしの顔を撫でた。

「なぁ子ちゃんは可愛いねぇ」

 姉の呼気が頬に当たった。

 不思議とわたしの心は凪いでいた。

 これが物語の終わりなら、それでもいいと思った。

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