11/25 灯り

 子どもの頃、クローゼットの中に入るのが好きだった。


 その頃姉はまだ首だけではなく、わたしと姉は同じ部屋を使っていて、クローゼットもひとつだった。だからわたしが入っているわたしのクローゼットは姉のものでもあった。だから、

「わっ、なぁ子ちゃん! びっくりしたぁ、おばけかと思った!」

 何も知らずにクローゼットを開けた姉が、そう言って驚くこともあった。

「なぁ子ちゃん、いっしょに入っていい?」

 そう言いながら、姉が中に入ってきたこともある。

 灯りの持ち込みは、わたしたちの遊びの幅をずいぶん広げた。懐中電灯を点け、ふたりでこそこそおしゃべりをしたり、クローゼットの内側に影絵を映したりして遊んだ。そうやっているとつい時間を忘れてしまう。外に出たら思いの外暗くて、ふたりで驚いたときもあった。

「クローゼットの中にいると、世界でふたりぼっちみたいな気分になるね」

 姉にそう言われて、わたしもそうだねと返す。もしも本当にだれもいなくなっていて、わたしと姉のふたりしかこの世界に残っていないとしたら、まず電池を探しにいかなければ。わたしたちの夜を灯すのだから、懐中電灯は大切にしなければならない――


 ――暗い夜には灯りを点ける。

 でも部屋の灯りが外に漏れると、あの白いものが来るかもしれない。そう思って部屋の電気を消し、懐中電灯を机の上に立てた。

 だからわたしたちは、子どもの頃のことなんか思い出したのだろうか。


「ねぇ、なぁ子ちゃん覚えてる?」

 うとうとしかけていたわたしに、姉が話しかけてきた。

 もう何度も繰り返した母の首の話をするのだと、出だしのところですぐにわかった。

「むかし、お父さんの書斎にあった飾り棚の中に、女の人の首があったの。今思い出したのよ、あれって私たちの母さんよねぇ。どうして忘れちゃってたのかしら。でも急に思い出したの。私、母さんの首が好きでね。ひとりでゆっくり見てみたくて、父さんもなぁ子ちゃんもいないときにひとりで飾り棚の扉を開けたの。そしたらね、母さんの首がうっすら目を開けてるんだけど、なんだか母さんじゃないみたいに見えるの。全然別の人みたいなの。だから私、あなただぁれって話しかけたのよ。そしたら母さんがニヤッて、怖い顔で笑ってね。ぱっと飛んで、私の手に噛みついたの。今思い出したの。すごく痛かった。傷跡もあったでしょ。なんで忘れてたのかしら」


 姉の首が、腕の中で突然ぐるりと動いた。

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