11/24 センタク

 今、玄関のドアを開けなかった。


 書斎に飛び込んでドアを閉めた瞬間、そのことがなぜか「取り返しのつかない選択」だったという気がした。それでも、わたしのたてた物音で目を覚ました姉が「なぁ子ちゃん?」と声をかけてきたので、やっぱりこっちに来たのが正解だったと思い直した。

 小さい頃から、姉と一緒にいればいつだって安心できた。

「起こしてごめんね」

 わたしは姉を飾り棚から取り出し、胸に抱えた。もしも何かが家の中に入ってきたら、姉を抱えたまま逃げよう。どこに逃げたらいいのかわからないけれど、大丈夫だ。きっと、ふたりでいさえすれば。

「なぁ子ちゃん、心臓がどきどきしてるねぇ。こわい夢でも見た?」

 何も知らない姉は、おっとりと話す。

 わたしはソファに腰をおとし、クッションに体を預けて沈み込んだ。「……そうなの、怖い夢を見たの」

「どんな夢?」

「白いおばけが、家の中に入ってこようとする夢」

 それはこわいねぇ、こわかったねぇ。姉は小さい子供にするように、わたしの胸の中で囁いた。黒髪がわたしの手を撫でる。わたしはほっとため息をつく。

「もしも白いのがシーツをかぶったおばけだったら、捕まえてガワを洗濯してやりましょうよ。そしたらもうこわくないでしょう」

 姉が茶目っ気のある声で言い、わたしは笑いながら「そうね」と頷いた。

 いつの間にか、姉が細い声で『星めぐりの歌』を歌っている。聞いていようか、どうしようか。少し迷って、「オリオンはたかくうたひ」からわたしも声を揃える。

 白い影はまだ玄関の前にいるのか、ドアを叩く音が微かに聞こえる。それもまた別世界のもののようになって、歌はもう一度はじめに戻った。


 この先、どんな道に進んでしまったっていい。

 姉さんといっしょにいられるなら、それでいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る