11/6 眠り

 かずみちゃんはあまり眠らないらしい。少なくともバッグの口を開けたときはいつも目覚めているのだと、薫くんはそう言った。

「あんまり眠らない体質なのかもね」

 薫くんは平然としている。

 体質か。

 姉が生首になったのも、わたしが生首にならないのも、体質の問題なのか。


 わたしたちの一族には、ときどき生首になるものが現れる。なぜか女が多い。

 わたしはもう二十歳を何年も過ぎた。この年までならなかったのだから、おそらくこのまま、生首にはならないだろうと思う。


 バッグを肩にかけて帰っていく薫くんの後ろ姿を、わたしは玄関先で見送った。かずみちゃんはあれで幸せなのだろう。昔から一対の人形のようにきれいで、仲のいい兄妹だった。

 書斎に行くと、姉は相変わらず飾り棚の中で眠っている。わたしはもらったばかりの薩摩切子のグラスを、姉のすぐ近くに置いてみた。

 そしたらどうも、それが夢に出てきたらしい。

「青と黄色の花が部屋一面に咲いていたの。きっと、このグラスの夢を見ていたんだと思うのね」

 目を覚ました姉は、最近では珍しいほど楽しそうに話した。

「姉さん、母さんの夢は見ないの?」

 わたしはそう尋ねてみた。姉はゆっくり、ゆっくりとまばたきをする。

「母さん、どんなひとだったかしら。私たちに母さんなんていたかしら」

 やっぱり覚えていないのだ。生首になってから、どんどん記憶が消えているらしい。

 わたしは小さな溜息をつく。

「なんだか悲しそうね、なぁ子ちゃん」

 姉が囁いた。「顔色がよくないわ。疲れているなら寝なさい。子守唄をうたってあげようか?」

 お願いと頼むと、姉は透き通った声で古い子守唄をうたう。その唄を教えてくれたのは母なのに、姉はそんなことも思い出せないのだ。

 うたっているうちに、姉はまたぼんやりとし始め、幼子のように眠ってしまった。

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