11/7 まわる
以前この棚の中にいたのは母で、その面倒を看ていたのは父だった。今、わたしたち姉妹がそうやっているように。
わたしと姉は、毎日母に会いに書斎を訪れた。母はわたしたちの姿を見ると嬉しそうに笑った。
母は唄が上手だった。父がギターを弾くとそれに合わせて母がうたい、幼いわたしたちは手をつないでくるくる回った。
そういう牧歌的な時間があったことも、もう姉は覚えていない。
わたしは姉の記憶を取り戻したかった――というよりは、これ以上失われていくことを防ぎたかった。
そのこと自体が間違っていたとは思わない。きっと、間違っていたのはやり方だ。
姉が使っていた部屋は、今もまだ片付けられず、そのままの状態になっている。今は、わたしが時々掃除のために出入りするだけだ。
その部屋の戸棚にあったオルゴールが、ふと目に留まった。
むかし、父がわたしと姉にそれぞれ買い与えたものだ。台座についた螺子を巻くと、陶器でできた踊り子が音楽にあわせてゆったりと回る。わたしは早々に興味を失い、そのうちなくしてしまったけれど、姉は飽きずに何度も螺子を巻き、頬杖をついてオルゴールを眺めていた。
(姉さん、覚えているかな)
オルゴールを書斎に持ち込んでみた。秋の終わりの日差しが窓の手延べガラス越しにやさしく差し込み、姉は飾り棚の中ですやすやと眠っていた。
わたしは扉を開け、「姉さん」と声をかける。姉はうっすらと瞼を開け、「なぁ子ちゃん」とわたしを呼ぶ。
「どうしたの? なぁ子ちゃん。さびしくなった?」
「ううん、違うの。姉さん、これ覚えてる?」
そう言うなり、わたしはオルゴールの螺子を巻いて、姉の目の前に置いた。バレリーナがゆっくりと回り始める。姉の視線がその動きを捉える。
一瞬、姉の目が、刃物のように鋭く光ったように見えた。
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