11/20 たぷたぷ

 鈍い光が差し込んでくる。

 水の中を漂っている。冷たい波がたぷたぷと耳を、頬をなでる。

 ほんの数秒前、自分を抱いていたひとのことを覚えている。そのひとが自分を水の中にほうり投げたことも、顔を挟んでいた手が暖かかったことも覚えている。

 そのひとのことが大好きだったことも、ちゃんと覚えている。


 目が覚めた。

 首元をさわって、自分の首がくっついていることを確かめた。

 リアルな夢だった。耳の中に本物の水が入り込み、中でたぷたぷと音をたてているような気がする。

 ベッドサイドに伏せていた鏡を立てて、自分の顔を確かめた。ちゃんとわたし自身のものだったことに、安心して頭がくらくらした。

 どうも夢の中で、私はかずみちゃんになっていたらしい。

 そう思った。

 かずみちゃんは相変わらず見つかっていない。あの湖の底にいるのだろうか。彼女を水中に落としたのは、一緒にいたはずの薫くんなのか。

 だとしたらなぜそんなことをしたのだろう。あんなに妹のことを大切にしていたのに。それに、どうして湖畔であんなふうに死ななければならなかったのか。

 いつの間にか「薫くんを殺したのはかずみちゃんに違いない」と思い込んでいることに気づいて、わたしは頭を振った。たとえ本当にそうだったとしても、考えたいことではない。いっそこんな事件、なかったことにしてしまいたい。

 ふらふらと書斎に向かった。このところ、心が乱れたときは前にもまして姉のところに通うようになった。

「姉さん」

 ノックをして中に入る。姉は飾り棚の中にいた。でもいつものクッションの上ではなく、もっと窓側によった中途半端なところに転がっていた。

「姉さん!」

 思わず大きな声で話しかけてしまった。姉は「なぁ子ちゃん」といつもと同じような声で返事をする。

「何やってるの、動いたの?」

「そうなの、動けたの」

 すごくない? と言って姉はくすくす笑った。わたしは笑えなかった。小鳥に襲いかかったときの母を思い出した。

「なんでそんなこと……」

「あのね、窓の外に誰かいた気がするの」

 姉はこともなげに言った。「それが誰か気になって、もうちょっと近くで見たくなったの。そしたら動けてしまったの」

 わたしは窓を見た。よく見るとガラスの外側の面に、泥がこびりついていた。

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