11/22 呪文
ぶつぶつと囁くような声が聞こえて、目が覚めた。
わたしは書斎のソファの上で眠っていた。自分の部屋に戻るのが怖くて、姉がいる部屋に閉じこもっているのだ。棚の中では姉が安らかな顔をして、寝息をたてている。寝間着に着替えていなかったので、ポケットの中にはまだあの髪飾りがある。手を入れて探ると、小さな固いものに触れた。
やっぱり、かずみちゃんが来たのだろうか。
そう考えざるを得なかった。そんなのおかしいと思うのに、脳裏に浮かぶのは、窓枠の下から白い顔を覗かせて笑っているかずみちゃんの姿だった。
さっき、夢うつつに聞いた声は何だったのだろう。誰の声なのか、男か女かすらもよくわからなかった。
時計を見ると、夜の一時を回ったところだ。もう一度ちゃんと寝なければ。仕事が溜まっている。
クッションに頭をうずめたとき、コンコン、と固い音がした。
玄関の方だ。
とっさに思い出したのは、薫くんのことだった。昼間のドアノッカーの音にずいぶんと似ている。わたしはいつのまにか、口の中でぶつぶつと呪文を唱えていた。遠いむかし、お化けに遭ったら唱える魔法だといって、父が教えてくれたものだった。古い短歌らしく効果のほどはわからないが、藁にも縋る思いだった。
コン、コン、コン。音は続いている。
聞いているうちに気持ちが変わってきた。わたしは意を決して起き上がった。
(もしあれが本物の薫くんなら、この髪留めのことを覚えているかもしれない。この家にやってきているのが従弟なんだとしたら、かずみちゃんのことも聞けるかもしれない)
そう考えて、玄関に向かった。
電灯に照らされて誰かが立っているのが、扉の向こう、ステンドガラス越しに見えた。
わたしは口を開いた。
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