11/17 額縁

 姉はふだんのように眠っている。

 書斎の窓から家の前の坂道を眺めていると、薫くんがこちらに歩いてくるのが見えた。少し遠いけれど、間違いなく従弟の薫くんだ。いつもそうだったように、姿勢良く、長い脚でさっさっと歩いてくる。チャコールグレーの薄手のセーターが、喉元からこぼれた血でめちゃくちゃに汚れている。

 やっぱり死んでいる。時折あの坂を歩いてくる死者の仲間に、薫くんも加わってしまったらしい。彼はあんな格好で死んだのか。

 わたしは窓から離れた。引いた場所から見ると、書斎の窓は外の景色を切り取る額縁のように見えた。

 薫くんは到底死人らしくない足取りですたすたと歩いてきて、ふいっと消えた。消えてしまってから、またボストンバッグを持っているのかどうか確認するのを忘れた、と気付いた。

 かずみちゃんはまだ見つかっていない。きれいな女の子の生首だから、誰かが持っていったのかもしれない。知らない家の棚に飾られて、静かな呼吸をしているのかもしれない。

 午後から叔母の家に行かなければならなかった。薫くんの形見を渡したいと言われれば、厭とは言えなかった。あの坂道を上っていかねばならないから、わたしもこの額縁の中の一部になる――わけもなくそんなことを考えた。

「なぁ子ちゃん」

 飾り棚の中で姉の声がした。

「今誰か来なかった?」

「――誰も」

「ちょっと見てきてちょうだいよ。お願い」

 姉が珍しく強請る。

 わたしは階段を下り、玄関に向かった。樫の木の大きなドアはステンドグラスの嵌った細い窓があり、鳩と葡萄の房の図案の向こうに誰かが立っているのが見えた。

 叔母ではない。仕事で付き合いのある業者でもない。もっと背が高く、若い男だ。チャコールグレーの服が赤黒く汚れている。

 カタン、と音がした。ドアについている古いドアノッカーの音だった。

「帰って」

 わたしはそれだけ言うと、階段の方に引き返した。背後でカタンカタンと音が続いた。

 わたしは書斎の中に逃げ込んだ。

「姉さん」

 泣きそうになりながら飾り棚を開けた。姉はぱっちりと目を見開いていた。

「なぁ子ちゃん、どうしたの。顔色がよくないわよ。具合でも悪いの? ちょっと姉さんのおでこに、おでこをつけてごらん」

「いいの、熱なんかないの。大丈夫。誰もいなかった」

 うわ言のように大丈夫と繰り返しながら、わたしは飾り棚から姉を取り出した。そしてしばらくの間、縋るように抱きしめていた。

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