11/9 つぎはぎ

 わたしは慌てて窓を閉め、姉を抱いたまま外に背中をむけた。

 鶺鴒なんか見るべきではない。あんなもの、見なければよかった。

「なぁ子ちゃん? どうしたの、急に。外に怖いものでもいた?」

 腕の中の姉の生首が、心配そうな口調で話しかけてくる。わたしは慌てて首を振った。

「違うの。何でもない。姉さんは何も気にしないで」


 小鳥。

 子守唄。

 温室。

 金平糖。

 それらの断片をつぎはぎしていったら、姉の記憶は戻るのだろうか。

 わたしは、家族の記憶をよみがえらせることは、姉の人間らしさを繋ぎとめることにつながると思っていた。

 でも、そうではないのだろうか。

 戻ったとき、姉はどうなるのだろう。

(よくないよ、奈々子さん)

 わたしにそう忠告した薫くんの顔が、ありありと脳裏に浮かんだ。


「ねぇ、なぁ子ちゃん覚えてる? むかし、お父さんの書斎にあった飾り棚の中に、女の人の首があったの。あれって私の夢とか妄想じゃないよねぇ。ふわふわしたクッションの上に、髪の長い女性の首が載ってて、いつもは眠ってるみたいに目を閉じてるんだけど、たまに起きてるときがあるのね。ね? あったでしょう? そうそう、いっしょにガラス越しに見てたじゃない。忘れちゃったの? ねぇ。ねぇ、なぁ子ちゃんてば」


 その首は自分の母親のものだということを、姉はまだ思い出していない。

 思い出さないままがいいのかもしれない。

 わたしは、姉の首を飾り棚からあまり出さなくなった。

 何がきっかけでつぎはぎのピースが増えるかわからない。それが怖かった。

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