11/13 流行
叔母は、薫くんの葬儀はしばらく先になるだろうという。
いずれ遺体が警察から家に戻ってくるとして、葬儀などしないつもりなのかもしれない。わたしはそう思った。弔問客など招かず、家族だけでお骨にして、ひっそりと墓に納めてしまうつもりなのかもしれない。叔母からの電話を切ったとたんに何とも言えない気持ちが押し寄せてきて、わたしは受話器を持ったままひとしきり泣いた。
姉は相変わらず、書斎の飾り棚の中でひっそりと眠っている。わたしが部屋に入るとまぶたを開き、なんの悩みもなさそうな笑顔を見せてくれる。永遠に眠ったり笑ったりしていてほしい、と願いながら、わたしは扉を開ける。
「姉さん、おはよう」
「おはよう、なぁ子ちゃん」
優しく無垢な姉に、悍ましい死の話など、聞かせたくはない。
わたしは姉を棚から取り出し、デスクの上に置いて、丁寧に髪をとかした。姉の髪は真っ黒で長く、少しうねる癖があって、夜の海のようにしっとりと美しい。
にも関わらず、わたしの手は少し震えた。喉を食い破られて死んでいた薫くんと、行方のわからないかずみちゃんとが、頭の中で最悪な形をとって噛み合おうとしている。それをなかったことにして、目の前の髪を梳かすことに夢中になろうとした。
「ねぇ、なぁ子ちゃん」
それなのに、姉はあっさりと従弟の名前を口に出す。「さっきね、薫くんが夢に出てきたのよ」
背筋がぞわっとした。姉にはさっきの電話の内容は聞き取れなかったはずなのに、どうして今、薫くんの話などするのだろう。
厭な偶然だ、と思った。姉は続ける。
「薫くんね、旅行に行ってきたからって、綺麗なチョコレートの入った箱をくれたの。まるで宝石みたいなのよ。旅行先の町でとても流行ってて、綺麗だから買ってみたけどあんまり並ぶんで疲れちゃったって、夢の中で愚痴られたの」
調べてみると、そういうチョコレートは本当にあるらしい。美しくコーティングされ、宝石箱のような小箱に入れられたそれらは、確かに今、ずいぶん流行っているものらしいとわかった。
そのチョコレートを売る店は、薫くんが死んだ湖を抱く湖畔の町にあるという。
(偶然よ。姉さんがこんなもののこと、知ってるはずない)
わたしは自分にそう言い聞かせた。なにか目に見えないものが、わたしと姉との生活に不躾に入り込みつつあるような気がした。
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