無償ジュエル

 自宅のベッドで安らかに寝て迎えようが、ヤクザ屋さんの家で大はしゃぎしてから迎えようが、平等にやってくるのが朝であり、学校の授業というものである。

 そして、俺たちプロデューサーにとって、平等にやってくるのは、学校の授業や日々のお仕事だけではない。

 アプリのアップデートもまた、同様であった。


 ――アップデート。


 通称アプデ。

 多くのアプリがそうであるように、ソシャゲもまた、日々、細かなそれを積み重ねて、現在の状態に至っている。


 では、具体的に、どのような時、アプデが行われるか……。

 それは、期間限定のイベントが開催される時と、ガチャが更新される時であった。


 前者は、アクティブユーザーを引き止め続けるため……。

 後者は、ユーザーの課金を促すために必須な代物であり、これらを実行するため、アップデートを挟むのは、いかにもらしいことであるといえる。


 そして、五月十九日、金曜日の十五時……。

 この日、この時は、散々触れてきた新イベントが開始され、新しいガシャに切り替わるタイミングなのであった。


「それじゃあ、いくぜ?」


「………………」


 昨日も訪れた複合商業施設の休憩所……。

 そこのベンチで隣り合わせて腰かけると、俺と百地は互いにうなずき合う。

 すでに、時刻は十六時近く……。

 とっくに、アップデートの開始時刻は過ぎている。


 まあ、授業の真っ最中である以上、十五時丁度にアプデができないのは、当然のことだ。

 だが、授業が終わった後、教室でいそいそとアプデを実行するでもなく、はたまた自宅へ戻ってワイファイの守護を受けながらダウンロードするでもなく、わざわざここまで移動したのは、訳あってのことであった。


 他でもない……。


 ――ガシャの引き勝負。


 ……これを、実行するためである。


「言っとくが、普通に考えて、二人共スカる可能性が高い。

 だが、仮にどちらかが引き当てたら……。

 その時は、相手を祝福してやろうぜ?」


「………………」


 百地は、いつも通り、整った顔立ちを一切歪めることがない。

 また、コミュニケーションツールであるスマホは、現在、アップデートの真っ最中であり、彼女の言葉を代弁することがなかった。

 だから、ただ……こくりとうなずく。

 それが、彼女の返事である。


 と、そんなことをしている間に、アプリのアップデートが完了した。

 本作の場合、先に表示されるのが更新されたガシャの告知であり、続いて、ストーリーイベントの開催が告知される。


「さあて、何がくるかな……」


「………………」


 俺も百地も、息を呑んでスマホに見入った。

 実のところ、公式のSNSなどで、更新されるガシャに関してはアナウンスされるのだが……。

 今回は、俺も百地もそれを確認していない。

 どうせなら、フレッシュな気持ちでガシャ更新を迎え、そして引こうと、今朝に約束したのである。

 そんなわけで、待ちわびた新たなガシャは……。


「『よふかしピクシーズガシャ!』だと……!?」


 俺は、画面へ登場したアイドルたちの姿におののき、声を上げた。


「………………」


 百地の方も、無表情かつ、キャラに対する解像度がまだまだ低いとはいえ、驚愕しているらしいのが感じられる。

 それも、そのはずだろう。


「今回、選出されたのは、タイプこそ若干異なれど、いずれも十四歳の天真爛漫系アイドル……!

 それに、明らかなキッズウェアを着せた上で髪まで染めさせ、なおかつ、よふかしをテーマにするだと……!?

 ば、馬鹿な……っ!

 悪質過ぎる……っ! あまりに……っ!」


 スマホを持つ手が、わなわなと震えた。

 実のところ、その後に表示された今回のイベントイラストも、相当に倒錯的というか、妖艶なものである。


 だが、今回更新されたガシャの、なんと情報量が多く、属性過多なことか……。

 佐藤飯店の大盛りチャーハンに勝るとも劣らない超カロリーだ。


「………………」


 同じように興奮しているのだろうか?

 百地もまた、自分のスマホへ食いついていた。


「それじゃあ、早速、やるか?」


 劇場の中では、イベント開始時における恒例行事――事務員ちゃんの一人芝居が始まっていたが、それはひとまず置いといて、ガシャ画面へと推移する。


「………………」


 百地もうなずいてガシャ画面へ移行し……。

 そうして、俺たちの十連ガシャ勝負が始まったのだった。




--




 彼――マンダムPが言うように、今回のガシャはテーマ、選抜アイドル、衣装共に、悪質としか言えないイケナイ何かを呼び覚ます代物であり……。

 自分としても、是非とも、片割れだけでも……いや、両方をお迎えしたいところだ。


 だから、願いと共になけなしのジュエルを投じ、十連ガシャを実行する。

 だが……。


「駄目かあ……」


「………………」


 嘆息と共にマンダムPがつぶやき、自分も無言ながらに、肩を落とした。

 こういう時、表情というものを出せれば、少しは気も紛らわせられるのかと思う。


 欲望は、察知されもの……。

 ソシャゲにおける鉄則は、このゲームでも生きており、マンダムPと自分の画面では、最低保証と呼ばれるSRカード一枚を除けば、Rカードしか存在しないガシャ結果が表示されていたのだ。


「………………」


「まあ、今回は、お互い残念賞だな」


 マンダムPが、あっさりとそう告げる。

 確かに、彼の言う通り、十連勝負では引き分け……互いに成果なしで終わった。

 そう、十連一回だけでは、だ。


「………………」


 無言で、一日一回、お得に引ける単発ガシャ――俗におはガシャとか納税と呼ばれる――を引くも、当然、成果なし。

 しかし、これは呼び水!


 そう、自分は感じるのである。

 これは、何かの脈動……。

 あるいは、鼓動というべきか。

 確実に、流れは――きている!

 次だ!

 次、十連を回せば、おそらくは――。


「百地、冷静になれ」


 と、黙って見ていたマンダムPが口を挟んだ。


「ポイントランキングを走るんだろう?

 ここでジュエルを浪費しちゃ、手に入るもんも手に入らないぞ?」


「………………」


 彼の言う通り、ジュエルには限りがあった。

 当然ながら、自分のお小遣いにも……。

 アルバイトをしているわけでもなく、小遣い頼りの高校生にとって、ジュエルをどう使うかは死活問題……。

 そこを指摘されれば、撤退を選ばざるを得ない。


「………………」


 だから、諦めてガシャボタンから指を離したのだが……。

 そこで、ふと気づく。


 ――マンダムPは、どのくらいジュエルを持っているのだろう?


 ……と。

 そこで、好奇心のまま、彼のスマホを覗き込む。

 果たして、そこに表示されていたのは……。


「………………」


 こういう時、永遠に眠りへついた自分の表情筋がわずらわしい。


 ――トタタタタ!


 ともかく、ラウンジ画面を移し、大急ぎでチャットを打ち込んだのである。

 その、メッセージは……。


「ん?

 『どうして、そんなに無償ジュエルを貯め込んでいるの?』だって?」


 そう……。

 よくよく見てみれば、彼は二十八万以上もの無償ジュエルを所持していたのだ。

 このゲームは、二千五百ジュエルで十連ガシャを回すことができ、ガシャが三百回分に達する――すなわち、七万五千ジュエルを投じれば、確実に一枚、ピックアップされたSSRを入手可能であった。

 この三百回まで回す行為を、俗に天井という。


 すなわち、彼はその気になれば、今回のピックアップを一枚だけ、確実に入手可能なのである。しかも、ビタ一文払わずに。

 なのに、なぜ?


「これはな、貯金だ。

 担当アイドルの担当ガシャが、短い期間で連続開催した時、確実に入手するための、な」


 マンダムPは、頭をかきながらそう告げた。


「かつて、前例があった。

 フェスの対象アイドルとなっていながら、大した間を置かず期間限定アイドルとして登場した前例がな……。

 お兄ちゃんたちは、血の涙を流して課金したものさ」


 そして、きりりとした顔になってこう言ったのである。


「だから、天井分の無償ジュエル確保は必須!

 それも、連続で天井することになった場合へ備え、二天井分は欲しい!

 だが、最近のガシャは今回のように、ほぼ抱き合わせの衣装となっていることが多い。

 そうなると、連続でガシャがきた場合に備えつつ、テーマ別の相方も確実に確保するため、三天井分は欲しい!

 ……そのために、俺は担当以外の限定ガシャは十連だけ、恒常ガシャはスルーというルールを定め、せこせこと無償ジュエルを集めた。

 結果が、これだ。

 ああ……自分が誇らしいぜ」


「………………」


 ――あんた、それってSSRを得る機会損失しまくっているのでは?


 そう思いつつ、事務員が「なんとっ!」と驚くスタンプを押したのだった。

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