またね
光陰矢のごとし、とは、よく言ったもの……。
返ってきた中間テストの結果にひと安心し、衣替えを始めとする諸々のイベントをこなしていけば、あっという間に六月の中旬である。
無論、その間、ゲーム内でなんの動きもなかったわけではなく……。
合間にふたつの小イベントとひとつのストーリーイベントを挟んでおり、俺は無理ない範囲でそれらを完走し終えたのであった。
ひとつ、特筆しておきたいのは、そのストーリーイベントで、百地が今度こそプラチナランカー入り――すなわち、2500位以内を達成したことであろう。
『前回のリベンジを図る』
とは、彼女の言葉だが、その情熱には頭が下がる思いだ。
俺としては、当面……それこそ、担当が上位報酬となる時まで、イベランはご免だからな。
そして、季節が巡るように……。
また新たなイベントが、やってくる。
俺たちがやっているゲームは、小イベント→ストーリーイベント→小イベント→ストーリーイベントという具合に、既存楽曲を回させるだけのプチイベントと、新曲を引っさげたストーリーイベントが繰り返し巡回する形だ。
そして、今度やってくるイベントは、ツアービンゴと呼ばれる形式……。
先日、百地が諦め、俺が代わりに走ったあのイベントとほぼ同じ形式の内容である。
注目すべきは、掲げたテーマ。
「……夢みがちにブライドか。
この時期、ウエディングを題材とするのはソシャゲあるあるだけど、サマー要素と合わせてくるとはな」
いつものごとく待ち合わせた商業施設内の休憩所……。
そこのベンチに並んで腰かけ、イベントの開催画面を見ながら、俺はそうつぶやいた。
「………………」
隣の百地が、無言のままじっ……と画面を見つめる。
衣替えし、半袖シャツ姿となった俺と同様、彼女もまた、夏服へとチェンジを果たしていた。
で、そんな彼女を見てあらためて思うのは、夏服姿の女子ってドキッとさせられるよなあということだ。
うちの場合、女子の夏服はスカートに半袖のスクールシャツ……以上である。
実にシンプル。
スクールベストなども存在しない辺り、結構な守備力の低さであった。
守備力が低いということは、すなわち、開放的でもあるということだ。
上着がなくなり、長袖から半袖へ……。
それだけで、肌面積というものは随分と大きくなる。
しかも、体を覆う布が減るということは、すなわち、体つきもより分かりやすくなるというわけで……。
俺たち健全な男子が、同級生の女子たちに対し、少しばかりイケナイ気持ちを抱いてしまうのは、致し方がないことであるといえるだろう。
「………………」
つまり、だ。
開放感のある格好となった百地は、以前とまた異なる魅力があるわけで、つい、となりの彼女をじっと見た結果、無言かつ無表情のまま小首をかしげられてしまった。
「このイベント衣装もさ。
ブライダルといえばブライダルだけど、どことなくトロピカルみを感じるというか、涼しげでもパッションが感じられて、すごくいいよな!」
だから、俺はごまかすためもあって、やや早口にそうまくしたてたのである。
――トタタタタ。
……と、百地がいつもの高速スマホタイピングを見せた。
ラウンジのチャットを覗くと……。
『メンバーも、沖縄出身者や五分の二HANABI団で元気はつらつさを演出しつつ、ラブの重い二人を加えることでバランスがいい』
「ほう……大分解像度が上がったな」
『それほどでもない』
女優アイドルであらせられるパイセンが、「ふふん♪」と得意がるスタンプを押される。
イベランの副産物として、過去のイベントストーリーを解放するためのアイテムなども入手できるわけだが……。
彼女はそれを有効活用し、アイドルたちへの理解を順調に深めているようだ。
『そういえば……』
ふと、百地が何かを思いついたようにチャットを打ち込む。
『マンダムPは、結婚式は和風と洋風どっちが好きなの?』
その質問を聞いて……。
俺は、ピンと……いや、ティンとくるものがあった。
――ははあ。
――これは、あのアイドルを真似してるな。
アイスが好物なのに、何かとしじみ汁を持ち出すせいで、しじみ汁アイドルという意味不明な扱いを受けているあのアイドル……。
劇場で野球をすることは絶対に許さないウーマン……。
愛の重さでは、劇場でも一、二を争う彼女……。
今の質問は、そんなアイドルの限定一枚目を入手すると、時折、劇場内でプロデューサー――プレイヤーに問いかけてくるそれとほぼ同一だ。
懐かしいな。
あれも結婚をテーマにしたカードで、SNSなんかでは、入手するため貴重なジュエルを割きまくるプロデューサーの嘆きが散見してたっけ。
確か、百地はまだ、担当アイドルを決めかねているという話だったが……。
あのアイドルは、中の人も超人気声優だし、キャラ的にも女の子らしい女の子で、非常に人気が高い。
百地が興味を持つのも、当然のことといえるだろう。
そんなことを考えながら、さて、どう答えたものかと悩む。
と、いっても、そんなに深く悩んだわけじゃない。
時間にして、数秒といったところであった。
そして、その結果、俺は素直に解答することを選んだのである。
「やっぱり、結婚式といったら洋風じゃないか?
こう、ライスシャワーがざっぱざっぱと降り注いで、新婦がウエディングブーケを高らかに放り投げる感じで」
身振り手振りを交えつつ、そう語った。
とはいえ、結婚式に参加した経験などない俺なので、ひどく一般的というか、ふんわりした感じのイメージだ。
「………………」
百地は、俺のそんな言葉を、いつもの三無――無言、無表情、無感動――で聞いていたが。
『そう』
『覚えておく』
チャットの方でそう返事すると共に、今回のイベントにも参加する元気アイドルが「盛り上がっちゃお☆」と叫ぶスタンプを押してきたのである。
ふむ……盛り上がるって、今回のイベントに関してか?
「ああ、そうだな!」
そうと考えた俺は、気安く返事した。
と、そこで、ふと思う。
――あれ?
――あの限定カードって、新規のプロデューサーが今入手できたっけ?
百地が、台詞を真似たアイドルの限定カード……。
これは、限定なだけあって、入手経路はひどく限られている。
例えば、復刻ガシャとか、周年イベントの度に、運営がまいりましたして配布する通称闇鍋ガシャチケットとか……。
いずれも、今のタイミングでは機会がないはずだが……。
まあ、細かいこと気にしても仕方がないな!
「それじゃ、イベント曲のMVでも見てから帰るか?」
「………………」
俺の言葉に、百地は十二歳アイドルが「わーい!」とはしゃぐスタンプを返す。
それから……。
俺たちは手早くイベント楽曲のMVを解放し、ワイヤレスイヤホンを分け合って鑑賞した。
これは、前回のイベント開始時にもやっており、このままいくと、毎度の恒例行事になりそうだ。
まだポイントを積み立てていないため、ユニットメンバーは曲のために用意された衣装ではなく、既存のそれを使い回した状態だが……。
これはこれで、どんな衣装を着せるかという楽しみがある。
そして、楽しい時間はあっという間に過ぎるものであり……。
互いに、帰る時間が訪れた。
「それじゃ、百地。
またな」
ベンチから立ち上がり、お別れの言葉を告げる。
すると、だ。
「………………」
てっきり、いつも通り、チャットか何かで返事を返すかと思った百地だったが……。
俺にだけ聞こえるような、か細い声でこう言ったのである。
「また……ね」
「……!?
ああ、また」
俺はその日、少しだけ浮かれながら家路についたのであった。
隣席の無口美少女から、ミリオンなソシャゲのフレンドになってほしいと頼まれた 英 慈尊 @normalfreeter01
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