伝説の龍

 あんみつにコーヒーを合わせるのは、ありかなしかというつむった一幕……。

 SNSのネタ探しをしていた結果、なぜか通りすがりの暴走族を震え上がらせることになったトンチキぶり……。

 最終的にはなんかイイ感じにまとまり、ライブよければ全てよしの円満解決……。


 うむ……。

 アイドルたちそれぞれの個性を活かしたかけ合いが楽しめただけでなく、今まであまりフォーカスされなかった彼女のドライブテクニックも掘り下げていて、実に見応えのあるイベントシナリオだった。


「せっかくだから、もう一回MVを見るか?」


「………………」


 問いかけると、隣のクッションに座っていた百地が、こくりとうなずく。

 そろそろ暑さも本格化しつつある土曜日の午前、百地の部屋における出来事である。

 俺と彼女が今見ているのは、先日まで開催されていたストーリーイベントのストーリー部分であった。


 なぜ、今日この時に至るまで、肝心のストーリーを見てこなかったのか……。

 理由は、ふたつある。


 ひとつは、当然ながら、テスト勉強があったためだ。

 加えて、一日遅れというハンデをひっくり返すべく、全力のイベランも並行して行っていたため、とてもじゃないが、ストーリーを視聴している余裕などなかった。


 理由のふたつ目は、イベント終了後でないと、エピローグが解放されないからである。

 俺としては、どうせ見るならば、プロローグからエピローグまで一気に駆け抜け、余韻を楽しみたい。

 そのため、今回に限らず、イベントストーリーに関しては、いつもイベント終了後にまとめて視聴しているのだ。


 画面の中では、今イベントに抜擢された二人のアイドルによるユニットが、素晴らしいパフォーマンスを披露している。

 昨日、商業施設内の休憩所で散々に眺めたMVであるが、ストーリーを見てから視聴すると、また違った味わい深さがあった。


 この楽曲と公演にまつわるストーリーであるのだから当然だが、ある意味、このMVをもって、真のエピローグといえるのかもしれない。

 惜しむらくは、ストーリー中で推移するMVだとせっかくのユニット衣装を設定できないから、完全な状態で見るには、自分でMV解放してライブ画面から再生する必要があることだな。


 それにしても、だ……。


「以前にイベランした時も思ったが、やっぱり、イベントのアナザー衣装で躍らせると格別だな。

 ある意味、フェス限定や期間限定SSRよりもレアリティ高いし」


 しみじみと思えるのは、このことである。

 何しろ、全体で2500人しか手に入れられない衣装だ。

 無論、イベント時に始めていなかった人や何らかの事情で走ることを諦めた人への救済措置として、後日――大体半年くらいは後――に、入手する経路は用意されていた。

 が、そちらルートで入手するには、かなり貴重なアイテムが相当数要求されるため、やはり、貴重品であることは変わりないのである。


「本当に、がんばった甲斐があった……」


 だから、しみじみとそうつぶやいてしまう。

 いやー、マジで大変だったからな。今回のイベラン。

 普段は人目をはばかって行わないものの、今回ばかりは登下校中もお仕事とオートライブを駆使してのイベントラン。

 学校が終わったなら、当然ながら即帰宅し、テスト勉強と並行して走るわけだが……この際は、百地がやっていたのと同じように、お古の端末も引っ張り出してバッテリー切れ対策しながら走り続けた。


 辛く、苦しい戦いである。

 要するに、可処分時間のほぼ全てでイベランを行っていたわけで、日常がゲームに支配されていたといっても、過言ではない。

 一番心安らぐのが、他に神経を使わなくてよいテスト中の時間であったのだから、どれだけ過酷なものだったかはうかがい知れるだろう。


 だが、その甲斐はあった。

 最初は、百地を喜ばせてやりたいと思ったからだが……。

 担当外とはいえ、これだけの努力をしてアナザー衣装を入手すると、感慨深いものがある。

 この衣装、通常版だと生足なんだけど、アナザー版だと黒タイツになって、その質感が妙にえっちいし。


 そんなわけで、だ……。


「………………」


 苦労が報われた喜びに浸っていると、隣の百地が何かをスマホに打ち込む。

 余談だが、今日の彼女は、初めて見る私服姿である。


 ガーリー系といえば、いいのだろうか。

 甘めのワンピースは、シンプルながら、黒髪清楚な印象の彼女によく似合っていた。

 そんな彼女から、送られてきたメッセージは……。


『本当にありがとう。自分では手に入れられなかったけど、マンダムPのおかげで堪能できた』


 彼女のスマホスタンドから取り出した我が端末に表示されたのは、そのようなメッセージと、俗にいちぽむと呼ばれる三人が「Thank You☆」とはしゃぐスタンプである。


「いや、俺もなんだかんだ、こうして楽しめているし……。

 そうだ。せっかくだから、他の衣装や楽曲も色々と試さないか?

 君の場合、過去のイベント衣装はそうそう手に入らないし、そこら辺を中心に」


『是非、お願いしたい』


「よっしゃ。

 俺のオススメは、やっぱりダイヤモンド――」


 呼吸するかのような自然さで、担当アイドルのユニットを紹介しようとした、その時であった。


 ――コン、コン。


 と、ドアが叩かれ、それがゆっくりと開かれたのである。


「――邪魔するよ。

 いらっしゃい、万田君。

 今日はゆっくりしていきたまえ。お昼も食べていくだろう?」


 姿を現したのは、百地の親父さん――ももやんPだ。

 最後に姿を見たのは、丁度一週間前……。

 イベランに気合いを入れ過ぎた結果、熱を出してぶっ倒れ、それでもなおゲームをしようとするもんだから、手下の皆さんに力づくで押さえつけられていた場面である。


 あの時は、あらゆる意味でみっともない姿であったが……。

 今の彼は、和服をびしりと着こなした……ヤクザの親分にふさわしい、貫禄溢れる姿だ。

 あの状態で、イベントを走れたとは思えないし……。

 彼もまた、娘と同様にいさぎよく諦め、吹っ切れることへ成功したのだろう。


「お邪魔しています。

 回復されたようで、何よりです」


 ひとまず、そちらの方に体を向け、軽くお辞儀する。


「ふっふっふ……」


 そんな俺に、彼はにやりと笑みを浮かべてみせた。


「……?

 どうされましたか?」


 そんなももやんPの意図が分からず、困惑する他にない俺である。

 それは、実の娘も同じであるらしく……。


「………………」


 百地もまた、無言のまま小首をかしげていた。


「いや何……。

 これを見せたくてね」


 どうやら、そのためにわざわざ娘の部屋へ押しかけてきたらしい。

 ももやんPが、たもとから自分のスマホを取り出す。

 そして、かざされたそれに表示されていたのは……。


「……え?

 ポイントランキング58位!?

 トッププラチナランカーじゃないですか!?」


 彼が見せつけたのは、イベントの結果画面……。

 しかも、記載されたランキング順位は、驚くべきものだったのである。

 ちなみに、トッププラチナとは、上位百名のプロデューサーにのみ与えられる称号だ。


「え? あの状態からどうやって?

 家の人に止められなかったんですか?」


 主に、インテリで知られる村田さんとか。


「………………」


 俺と共に、百地も無言で実の父を見上げた。

 となると、彼は自分の娘にも悟られず、これだけの偉業を成し遂げたに違いない。


「ふっふ……。

 まさに、その家の者たちが鍵だったのだ」


 尋ねる俺に、ももやんPが勝ち誇った笑みを浮かべる。

 家の者……? どういうことだ……?

 ますます混乱する俺に、彼が解説してみせた。


「――そう!

 何も、自分の力だけでイベントを走る必要はない!

 おれには、頼れる手下たちがいるのだから!」


「……はあ?」


 なんとなく、彼が何をしたかに察しがつき……。

 おれは、わずかに顔を引きつらせる。


「――共有だ!

 おれは、手下たちとアカウントを共有し、二十四時間休みなくイベントを走り続けたのだ!

 まさか、それでランキング一位を取れないとは思わなかったが……。

 まあ、アナザー衣装が入手できたのだから、全てよし!

 むっはっはっはっは!」


 肩が……。

 いや、全身が……。

 我知らず、わなわなと震えるのを感じた。


「つまり……。

 あなたは、自分の力でなく、組織の力でランカーになったと?」


「おうともよ!

 いやあ、あいつらには小遣いをたんまりと――へぶあ!?」


 続く言葉は、言わせない。

 その前に、俺の拳がももやんP……いや、クソ外道の顔面へとめり込んだ。


「ま、まままマンダムP!?

 ふぁ、ふぁにを!?」


 鼻血をボタボタと垂らしながら、ゴミクズが後ずさる。


「………………」


 それをしらーっと眺める百地の視線が、全プロデューサーを代弁していた。


「確かに……。

 利用規約で、明確に禁止されているわけではない」


 全身から、何か熱いものが立ち昇るのを感じながら、俺は語り始める。

 気のせいか、筋肉も分厚く膨張しているような気がしていた。


「だが……しかし、だ。

 他のプロデューサーは、孤独に走り、報酬を目指している。

 ことに、担当ともなれば、燃やした情熱は並大抵のものではないだろう……」


「は、はにを言って……」


 鼻血のせいか、俺に気圧されたか……。

 いまいち、呂律の回らない声でクズがつぶやく。

 そんなこいつに、俺が告げるは――死刑宣告!


「貴様には……死すら生温い!」




--




 その日……。

 百地組組長、百地薫の日記にはこう記された。


 ――龍だ。


 ――おれは、伝説の龍を見たんだ。


 しかし、それについて語り継ぐ者がいるはずもなく……。

 全ての事実は、闇ヘと葬られたのである。

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