ゴハンいこー!

 どんな風変わりな出来事が起ころうとも、お天道様は、そんなの知ったことかとばかりにまた昇り、新たな一日の始まりを告げる。

 この俺、万田圭介の朝は――早い。

 早朝、五時二十分くらいには、ベッドからバネ仕掛けのごとく起き出していた。

 朝が早いため、当然のごとく、就寝も早い。

 毎晩、どれだけ遅くとも、二十二時くらいには床へつくのである。


 俺がこれだけ朝早いのは、父さんが大手ゼネコンの社員だからだ。

 ああいう仕事は、とにかく朝が早い。


 ――父さんはな。


 ――皆より遅く来てはいけないし、皆より早く帰ってもいけないんだ。


 ……とは、ある日、死んだ目をしながら放たれた父の言葉である。

 そんな彼の努力により、一人息子たる俺はのびのびと成長できたわけで、大黒柱の生活リズムに合わせるのは、しごく当然のことといえるだろう。


 で、朝起きて、まずやることといったら、ただ一つ。

 ……ソシャゲへのログインであった。


「今日は、社長のタイトルコールか……」


 つぶやきながら、本日のログボを受け取る。

 最近になって行われたアップデートにより、ログインボーナスは事務員キャラだけでなく、アイドルも渡してくれるようになった。

 担当アイドルに固定してもいいのだが、俺はこれをランダム設定にしているので、毎朝、誰がログボを渡してくれるかも、ちょっとした楽しみになっているわけだな。


 と、本作における『日課』の一つ、同僚へのフラスタ送り――といっても画面をスクロールするだけだ――をしようとして、気づく。


「百地のやつ、もう起きてるのか?

 あるいは、夜中にチャットしてきたのか?」


 ラウンジに、新着チャットがきていたのだ。

 繰り返しになるが、俺の朝は早い。朝練がある運動部員並みである。

 だから、おそらくは夜更かしして、何かチャットに書き込んだのだと思ったが……。


「こいつ、日付けが変わるまでログインしてたな?」


 この場合、「日付けが変わった」というのは、午前零時のそれのみを意味するわけではない。

 どのソシャゲにおいても、デイリーミッションなどの区切りとするため、ゲーム内の日付けが変わる時間というのを設定されており……。

 俺や百地が遊んでいるこのゲームにおいては、それが、午前零時なのであった。


「大ハマりじゃないか」


 苦笑いしつつ、ラウンジに入る。

 そこには、ちゃの愛称で親しまれる主役格アイドルが、「おはよっ!」と挨拶するスタンプを押されていた。

 例えるなら、格ゲーにおける置き技のように……。

 寝る前に、俺への挨拶スタンプを押しといたわけか。


 さすが、かつて団長であり、マスターであり、指揮官であり、騎士くんであり、旅人であり、トレーナーであり、先生であった女だ。

 ハマッた時のエネルギッシュさが違う。

 俺もスタンプで挨拶を返し、手早く日課の消化へ。


 と、いっても、今はストーリーイベントのある期間じゃない。

 営業と呼ばれる機能でスタミナを消化し、オファ――ーこれがももちーPと出会うきっかけだったな――にアイドルを送り出して終了だ。

 人によっては、おはガシャと呼ばれる行為もこの日課に加わるだろう。


 ――おはガシャ。


 ソシャゲの例に漏れず、本作もいわゆるガチャが、ガシャと名を変えて存在するわけだが、一日一回、単発のそれが、通常よりお得に引けるのだ。

 ゆえに――おはガシャ。

 ただし、こいつは課金しなきゃ引けない。

 俺みたいな微課金プロデューサーは、ぐっと我慢の子というわけだな。


 ふと、ラウンジに新着チャットがきていることへ気づく。

 そこには、こう書かれると共に、アイドル二人が「やった~!!」と喜ぶスタンプを押されていた。


『単発ガシャでSSR引けた!』


「この時間に起きる予定なのに、夜更かししてたのか?

 まあ、眠気もガシャの当たりで吹っ飛んだろうけどな」


 アイドルが「おめでとう!!」と祝福するスタンプを押しつつ、独りごちる。

 SSRの提供割合は3%。朝っぱらから、なかなかの強運ぶりだ。

 その運、分けてもらいたいね。


 と、いつまでも、スマホを見てばかりはいられない。

 洗顔など、各種の身支度をさっさと終えて、食卓につく。

 トーストに目玉焼き、サラダとインスタントのカップスープ。

 絵に描いたような洋風の朝食を、家族三人で食べていると、ふと、父さんがこんなことを言い出した。


「そういえば、先週言ったように、今日は現場で飲み会あるから。

 おれの分は夕飯いらないよ」


 それを聞いて、母さんが思い出したように両手を合わせる。


「あら。そういえばそうだったわ。

 なら、実はわたしも、ヨガ教室のお友達から、たまには飲みに行かないかって誘われてるの」


「いいんじゃないか?

 君には家庭を任せてるし、たまには息抜きしたって。

 なあ、圭介?」


 同意を求める父さんに、うなずく。


「いいと思うよ。

 それじゃ、俺は外食するなり、適当に買って帰るなりすればいいのかな?」


「ああ、小遣い渡しとくよ」


 流れるような動作で父さんが財布を取り出し、そこから千円札を二枚引き抜いた。


「ほら、お釣りは取っといていいぞ」


「サンキュー」


 思いがけない臨時収入に、ちょっとウキウキしながら紙幣を受け取る。


「ちゃんと栄養のあるもの食べなさいよ」


「分かってるって」


 母さんの言葉に答えながら、俺はこいつで何を食べるべきか……余ったお金をどうするかで、頭を悩ませるのだった。




--




 いつもと変わらぬ登校風景を経て……。

 いつも通り、クラスメイトと軽い挨拶を交わしながら、自分の席に座る。

 隣の席を見れば、そこもまた、いつも通り。


「………………」


 百地が、表情筋の消え失せたような顔で、着席していた。

 ……うむ。

 こうしていると、彼女がももちーPと同一人物であるとは、到底思えん。


 さらっさらで、見るからに手入れの行き届いた長い黒髪……。

 まるで、別世界から舞い込んできたかのように整った顔立ち……。

 彼女自身、他者とのコミュニケーションを避けまくっているわけであるが、それを置いても、近寄りがたい雰囲気はある。

 圧倒的な美少女が、そこにはいた。


 が、彼女がももちーPであると断じられる要素が、一つだけ。

 彼女は、横持ちにしたスマホを膝の上に乗せ、ゲームプレイへ興じていたのだ。

 よく見ると、耳にはワイヤレスイヤホンを装着している。


 教室で音ゲーに興じるとは……。

 こいつ、勇者か……。


「百地さん、ゲームやってるのかな?」


「あの子も、そういうのやるんだ……」


 ほらほら、クラスメイトも興味津々に見てるよ。

 戦慄しながら見守っていると、やがて、プレイを終えたのか、百地が指の動きを止めた。

 と、思いきや、またもや高速の指捌き。

 これは……間違いない。


 いつも通り、縦持ちで俺もゲームを立ち上げる。

 そして、ラウンジを見たが……。

 そこには、こう書かれると共に、関西出身アイドルが「ゴハンいこー!」と言っているスタンプを押されていたのだ。


『マンダムPがよかったら、夕飯に付き合ってほしい』


 俺は、アイドルに見せかけた変態のようでやっぱりアイドルな女の子がガラスに張り付き、「なにごとですかっ!?」と叫んでいるスタンプを押した。

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