彼女が移住した理由
同年代が当たり前のようにやっていても、いまいち理解の及ばぬ事柄というものは、往々にして存在するものであり……。
俺にとって、その筆頭といえるのが、友達との長電話である。
そもそも、電話というのは何がしかの用件があって行うものだ。
それを、一時間も二時間も延々と行うというのは、俺からすれば考えられないのであった。
それに、電話代だってタダじゃないしな。今は各種のかけ放題プランもあるし、ワイファイがある場所なら、チェインの通話機能を使うという手もあるが。
だが、理解が及ばなかったのは、つい先ほどまで……具体的にいうなら、一時間ほど前までの話である。
今の俺には、ついつい、友達と話し込んでしまうその感覚が、理解できた。
何しろ、ラウンジひゃくまんを立ち上げてから小一時間ばかり……延々、ももちーPとチャットをし続けているからな!
交わすのが音声か文字かという違いだけで、これはもう、ほぼほぼ同じ行為といえるだろう。
『じゃあ、ももちーPは、結構色んなソシャゲをかけ持ちしてたんだな?』
その中で盛り上がったのは、今までどんなソシャゲを遊んでいたかという話題である。
まあ、
『うん。具体的にいうと、団長でマスターで指揮官で騎士くんで旅人でトレーナーで先生だった』
『多いな!』
この女……とんでもねえソシャゲ中毒者じゃねえか!
ひーふーの……七つもかけ持ちしていたのか……。
しかも、中には一日当たりの『日課』と呼ばれているゲームプレイに、そこそこの時間が必要とされるタイトルも含まれていた。
なんで知ってるかって? いくつか、話題性から遊んでみたタイトルもあるからである。
遊んでみて……それで、これは合わないな、と、アンインストールしたのだ。
だから、分かる。
ここまで兼任していると、日常がソシャゲに染まっているといっても、過言ではないだろう。
ソシャゲは、あくまで日常の隙間時間に遊ぶものであると考えている俺には、想像の及ばぬ生活だ。
『そう、多い』
俺の想いが伝わったのか、ももちーPがそんなことを告げてくる。
『だから、受験勉強との両立はできず、泣く泣く辞めることになった』
『でしょうね』
心の底から、同意した。
うちの高校、偏差値はそこそこお高めであった。
部活動などに重きを置いていない分、学業に力を入れているというわけだな。
何事においても、リソースは有限であり、その配分が必要というわけだ。
そして、それは学生にとっての宿命――受験勉強においても同じ。
百地は、時間というリソースを、勉強に割かざるを得なかったのであろう。
うん、まあ、当たり前だな。
ソシャゲしていたせいで、本来進学できるはずの高校よりランクを落とすなど、親御さんが許すまいよ。
『辞めて、受験に専念して、合格した時……私は気づいてしまった』
『何に?』
『あれらのゲームを遊んでも、ビックリするくらい何も残らなかったということに』
『あー……』
そこはかとなく、燃え尽き症候群を感じさせるももちーPの言葉……。
その意味が、ちょっとだけ分かってしまう。
事実、彼女が続けた言葉は、俺の予想通りなものであったのだ。
『ソシャゲRPGは、終わりのない周回地獄。どれだけがんばってレベル上げしても、次を提示される』
『まるで、無限に回し続けるハムスターの回し車か、あるいは、積み上げた先から崩される賽の河原の石積み』
『辞めてから振り返ると、どうしてあんな無駄な時間を使ってしまったのかと思える』
『ももちーP、言い過ぎ。楽しんだ時間は換えの効くものじゃない』
一時期グレて不良やってたスリーポイントシューターみたいなことを言い出したので、ひとまずつっこんでおく。
どんな形であれ、楽しんだ時間というのは大切にするべきだ。
が、まあ、無駄な時間と思えてしまう気持ちは、分からないでもないんだよなあ。
『据え置きのRPGなら終わりはあるけど、ソシャゲの場合はサ終までそれがないからな』
『まさにそれ。永遠に続くループ。どこかで降りないと、果てがない』
続けて、ももちーPがこう話す。
『ただ、受験という節目がくるまで、それに気付けなかった。そこまでかけた時間が無駄になる気がして』
『典型的なコンコルド効果だったわけか』
俺は、ネットか何かで見かけた言葉を引き出した。
――コンコルド効果。
要約すると、さっさと辞めるべきなのに、それまで投じた金や時間が惜しくなって、ズルズル続けてしまい……結果的に、損害を大きくしてしまう現象のことである。
『さっきも言ったけど、君がかけた時間そのものは無駄じゃない。楽しかったし、推しのキャラもいたんだろ?』
『うん、どのタイトルでも、ママみにオギャッてバブッてた』
『……そこはスルーするけど、この先も、時間を割き続けられるかどうかは、判断が必要だったな』
『結局、ソシャゲって、同じ内容を毎日繰り返すものなんだから。レベル上がって数字は派手になってもさ』
端末越し、電波を隔てた先で、文字やスタンプを用いての会話だ。
当然、相手の表情など、分かるはずもない。
だが、生身の人間が向こうにいるのは、確かなわけで……。
俺は、百地が……彼女が溜め息を吐いたと、確かに感じた。
『その、数字を派手にする作業が、そのために時間を割くのが、心底から嫌になった』
『それで、このゲームか』
『そう! リズムソシャゲは、天才の発想!』
間違いないな。
自宅か、あるいは、どこぞのファストフード店にでも入っているのかもしれないが……。
彼女は今、ぐいっと身を乗り出している。
『日課に時間はかからないし、どこまでもキャラを愛でるのに特化している! しかも、最高クオリティのMVが見れる!』
『結局、推しているキャラを愛でられれば、それでいいみたいなところはあるしな』
例えば、秋葉原なんかで専門店を覗けば、各種ソシャゲの人気キャラに関するグッズが、山ほど売られているのを見つけるだろう。
他には、二次創作の同人誌とか。
結局、どんなタイプのソシャゲでも、キャラ人気で保っているところ大なわけであり……。
俺と同様に、百地も、キャラさえ愛でられれば、それでいいという境地に至ったのだ。
『実際、俺も受験勉強しながらきっちりイベントは走りきったぜ。さすがに上位報酬は狙わなかったけどな』
『やっぱり! それを聞ければ心強い!』
社会人同様、俺たち学生だって、時間の使い方にはいつも悩んでいる。
悩みながら、合間にこの板っ切れを使って、楽しんでいる。
誰にでも共通するその悩みで、俺たちは大いに盛り上がり……。
最後に俺は、風の戦士が「またね!」と手を振るスタンプで、会話を締め括ったのであった。
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