ラウンジ

『ももちーP。素晴らしい提案をしよう』


『お前もチェインをやらないか?』


 特に必要もなく右手を掲げ、薄い笑みを浮かべた俺は、そのようなメッセージを我が同僚ことももちーPに送信した。


 ――チェイン。


 スマホが生活必需品ヅラをしているのに付随して、必須アプリヅラをかましているメッセンジャーアプリである。

 とにかく多機能なのが売りで、文字によるやり取り以外にも、画像や動画を貼り付けたり、投票機能なども存在していた。

 個人同士のやり取り以外にも、グループを作ることが可能で、我が一年二組も当然のようにチェイングループを作成している。


 で、そのグループ内でメンバーリストを開くと、俺含むクラスメイトたちの名前とアイコンがズラッと表示されるわけなのだが……。

 これも、当然のように、百地の名前は存在しなかった。

 以前、グループ内で、こんな話をしたことがある。


 ――このグループ、百地さんも誘わなくていいのかな?


 言い出したのは、確かクラスの中心核にいる女子だ。検索すればログを読み直すこともできるが、そこまでする必要はないだろう。

 そして、それに対する返答がこんなものであった。


 ――あー……。


 ――誘ったけど、返事してくれなかったんだよね。


 ――いつも通りの、ガチポーカーフェイスって感じで。


 ――というか、あの子、チェイン入れてないんじゃないかな?


 ――ありそー。


 ……それっきりで、話はおしまい。

 例えば、会社組織で必要事項を通達するために使用しているとかだと、登録は必須であるが、しょせん、クラスメイト同士でくだらない雑談をするための場だ。

 今どき、チェインを入れてないのは変わっていると思うが、変わっているねで終わり。

 別段、無理してチェインを入れてもらう必要はないのである。

 ないのである、が……。


「……これだけ、メッセージを送りつけられるとな」


 苦笑しながら、ゲームのメッセージ画面に戻った。

 そこは、ももちーPからのメッセージによって、埋め尽くされていたのである。


「どう考えたって、ゲーム内のメッセージ機能じゃ不便だぜ」


 あえて、『メッセージ送る量減らして』とは、言わない。

 なんとなくだが、俺は彼女にとって、初めてのオタ友なんじゃないかという予感があった。

 ようやくにも得られた、好きを分かち合うことのできる友人だ。

 ちょっとばかりハイになって、浮かれて、メッセージを連打する気持ちが、分からないわけでもない。

 それに、俺の方だって、大好きなこのゲームで語り合えるのは、結構楽しいしな。


 何しろ、こちらは小学生の頃からこのゲームを遊んでいるのだ。

 先輩Pとして、より深くどっぷりと沼へ引きずりこんでやらねばという、謎の使命感もある。

 が……不便だ。

 とにかく、不便だ。


 ももちーPから送られてきたメッセージを、軽く見返す。

 そこには、文字数の関係でぶつ切りになっている文書が、いくつか存在した。

 当然んじゃろ……!

 何しろ、このメッセージ機能は、三十文字が限界だからな。


 我らがイーロンおじさんの手により、今後どうなるかが猛烈に心配されているつぶやきサービスだって、文字数制限は百四十文字である。

 それに比べると、三十文字というのが、いかに少ないかが分かった。


 だから、チェインだ。

 こちらの方が、明らかにやり取りをしやすい。

 いちいち、画面を横向きにしなくて済むしな!


「お、きたか」


 そんなことを考えている内に、ももちーPから返信が返ってきた。

 いわく……。


『チェインは、なんかヤだ』


「なんかヤだ、と、きましたか……」


 俺の独り言が聞こえてでもいるのか、なんかヤな理由について送られてくる。


『あれは、リア充がたしなむもの』


『私みたいなぼっちが、入れるものじゃない』


「ぼっちだから、とかじゃなく、単純に不便だからなんだけどな……」


 苦笑いを深めつつ、更なるメッセージを入力し始めた。

 実のところ、こうなることは予想の範疇である。

 何しろ、相手はあの百地だ。

 徹頭徹尾、他者とのコミュニケーションを拒み、伝えたいことは筆談ならぬスマホ談で伝えてくる女の子……。

 チェインに対しても、生身の会話同様、苦手意識を持っているんじゃないかとは、思っていたのであった。


 だから、セカンドプランだ。

 チェインに比べれば不便で窮屈なことに変わりはないが、それでも、素のメッセージ機能に頼るよりは幾分かマシになる案が、俺には存在したのである。

 すなわち……。


『なら、ラウンジ作ろうか?』


『ラウンジ?』


『そう。他ゲーのギルドみたいなもん』


 ももちーPの質問に、俺は簡潔な答えを返した。


 ――ラウンジ。


 たった今、説明した通り、他ゲーのギルドなどと同様、プロデューサー同士で作るグループ機能のことである。


『別にゲームする上で必須じゃない』


『だから、俺も今まで参加はしてなかった』


『でも、そこでのチャットは六十字まで打てるし、スタンプも使える』


『今よりは、会話しやすいよ。きっと』


 しばしの間を置き……。

 彼女からの、返信が送られてきた。


『……イベントで、延々と肉を稼ぐために張り付かせたりしない?』


『しない、しない(笑)』


 あー、百地のやつ、いにしえの戦場で戦ったりしてたのか。

 これも、かなり昔から存在するスマホRPGのことを思い出す。

 俺もあれ、少しだけやったことあるけど、確かに面白い。

 面白いんだが、時間を無限に吸い取られるんだよな。

 特に、今、話題に出たレイドイベント時が顕著で、何時間も張りつくことが必須となるのだ。


 ソシャゲは、あくまでソシャゲ。

 隙間時間に遊ぶことを信条とする俺としては、肌に合わず、早々に引退してしまったものだった。


『このゲームは、ゆるく長く遊べるからさ』


『そういうハムスター周回要素はないよ』


 正確には、イベントで上位ランカーを目指すなら話は別だ。

 が、それはあくまで、担当アイドルが報酬になった時などの場合……。

 救済措置もあるし、初めたての彼女が気にする必要はないだろう。


『なら……やる』


 ももちーPから、承諾のメッセージが送られてくる。


『なら、早速作るか。ラウンジの名前はなんにしよう』


『二人の名前を合わせて、ももマンとか?』


『却下だ。理由は聞くな』


 この女、とんでもねー下ネタかましてきやがった。

 が……多分、意味を理解せず素で言ってるな。

 どうか、そのままのあなたでいてください。


『二人の名を合わせるなら……ひゃくまん、で、どうだ?』


『いいと思う。ゲームタイトルももじれてるし』


『なら決まりだな』


 俺は一旦、メッセージ機能を閉じて、ラウンジの機能を立ち上げた。

 ラウンジ名は『ひゃくまん』……。

 承認制で……後の設定はどうでもいいや……。

 わずか三十秒ほどで新ラウンジ『ひゃくまん』は結成され、そこにももちーPを招待する。

 すると、だ……。

 十三歳組のアイドル二人、ちらりと障子の影から様子をうかがっているスタンプが投稿されたのだ。

 当然、その横に表示されているのは、ももちーPのアイコンである。


『あらためて、よろしく』


 俺はチャットでそう打つと共に、担当アイドルが「よろしくね☆」とあいさつするスタンプを投稿したのであった。

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