無限メッセージ編
多くのソシャゲがそうであるように、俺が遊んでいるゲームのフレンド登録は、極めて簡単だ。
各プロデューサー――アイドルをプロデュースするゲームなので、プレイヤーはそう呼称される――には、それぞれIDが割り振られており……。
知っている者とフレンドになる場合は、『同僚』の画面からそのIDを入力し、申請すればOKである。
後は、申請された側が許可を出せば、晴れてフレンド同士というわけであった。
「はいっ……と。
今日からよろしくな」
送られてきた申請を許可し、彼女にうなずきかける。
余談だが、彼女のプロデューサー名は『ももちー』だった。捻りもへったくれもないが、まあ、分かりやすくはあるだろう。
「………………」
と、ゲーム画面を確認していた彼女が、またもや高速で文字入力を行う。
それも、今度はスマホを縦持ちにするのではなく、横持ち状態のままだ。
ハッキリいって、横持ちで文字入力するのってすごくやりづらいと思うんだが、一体、何を伝えたいのだろうか?
というか、さっきから思っていたが、直接に口で言えばいいのではないだろうか? 池袋の首なしライダ-じゃあるまいし。
やがて、文字入力を終えたのだろう。
彼女が、自分のスマホに映されたゲーム画面を見せてきた。
『同僚』画面の……『コメント』機能?
ああ、もしかして。
もしやと思い、自分のスマホから該当する機能にアクセスする。
すると、そこには百地……というより、ももちーPからのコメントが送られてきていたのだ。
いわく、
『よろしく、マンダム』
『マンダム』というのは、俺のプロデューサー名。うん、ネーミングセンスに関して、他人のことは言えないな!
ともかく、これだけは言っておかなければならないだろう。
「マンダム、じゃない。
マンダムP、だ」
「………………?」
百地が、不思議そうな顔で小首をかしげる。
そして、またまた文字入力。
今度、送られてきたコメントの文面は、こういったものだった。
『どういうこと?』
「見た感じ、レベルが低いから、まだ始めたてほやほやっぽいけどさ。
それでも、ゲーム全体の流れは把握できてるだろう?
このゲームは、アイドルをプロデュースするゲームだ。
だから、プロデューサーの頭文字を取って、ユーザー名の下にPを付けるわけだな。そういう文化だ」
『なるほど。分かった』
またもや、コメントが送信されてくる。
「……あのさ、ずっと気になってたんだけど」
『何?』
「直接、口で言えばよくない?
さっきから、すごくやり取りがまだるっこしいんだけど」
「………………」
俺がそう言うと、百地はスマホで口元を隠す。
それから、例によって――文字入力。
『恥ずかしい』
「……さいですか。
まあ、君がいいなら、いいんだけどさ。
それで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど、それもいいかな?」
『どうぞ』
……さすがに、これくらいは相槌打ってくれればいいんじゃないかな?
さておき、許可が出たので、気になったことを尋ねることにした。
「どうして、俺とフレンド登録したいと思ったんだ?
きっかけは、朝……俺のスマホ画面を見たからだよな?
でも、だからって、フレンド登録したいと思うものか?
その……君は、あんまり友達とか欲しそうじゃないし」
「………………」
百地は、相変わらずの無表情でしばし考え込み……。
――タカタカタカッ!
やはり、素早く文字入力を行う。
『そんなことはない』
『私は、趣味トモにはいつも飢えてる』
『好きを語り合う相手は、多ければ多いほどいい』
『だからといって、見ず知らずの相手にコメントは送りたくない』
『だから、万田君がPなのは嬉しい』
……俺、このゲームがリリースした直後から遊んでるけど、こんなにコメント画面を見たのは今日が初めてだな。
「そっか。
嬉しいなら、よかったよ」
苦笑いしながら、答える。
実際、同じプロデューサーとして、彼女の気持ちが分からないわけじゃなかった。
釣りしかり、ゴルフしかり……。
趣味について語り合いたいと願うのは、人間の本能みたいなところがあるからな。
俺の場合、そういった欲求はSNSで満たしているが、いくら相互フォローしているといっても、赤の他人であることに変わりはない。
せいぜい、お互いがアップしたMV画面のスクショにいいねを押したりするくらいで、交流と呼ぶには、いささか薄味に過ぎる代物であった。
「じゃあ、まあ……。
これから、同僚プロデューサーとして、よろしくな。ももちーP」
『よろしく』
それで、用事は済んだということだろう。
「………………」
メッセージでは思いのほかに饒舌だった彼女が、無言のまま、くるりと踵を返す。
そして、そのまま、すたすたと歩き去ってしまう。
「……やれやれ」
溜め息と共に、そんな彼女の背中を見送る。
告白されると、早合点して……。
それで、いざ、顔を合わせたら、ソシャゲのフレンドになってほしいときた。
まったく……。
「悪くは、ないな」
我知らず、口を突いて出たのは、そんな言葉である。
ま、早合点はあくまで早合点。自分の器量を見誤った俺が悪い。
それより、隣の席でありながら、一切、交流を持たなかった女子……。
百地がどういう人間なのかを、ほんのちょっぴりだけ、知ることができた。
それは、間違いなく良いことだ。
少なくとも、彼女が誰に対しても心を閉ざす人間じゃないと知れたのは、大いなる収穫であろう。
せっかく、同じクラスで隣同士になったのである。何も知らないまま席替えを迎えるよりは、百倍……いや、百万倍良いにきまっていた。
「帰るか」
と、いうわけで、ももちーPという新たなフレンド――同僚を得た俺は、家路についたわけであるが……。
--
『マンダムPは、どの子が推し?』
『推しというか、担当だな。担当アイドルだ』
『なるほど、そう呼ぶのか』
さすがは、帰宅ラッシュ時と呼ぶべきだろう。
さすがに、まだ勤め人と思われる姿は少ないものの、電車内は俺と同様の学生などで一杯であり、とてもじゃないが、座る余地はない。
従って、俺は吊り革に掴まったり、時には根性で踏ん張ったりしながら、ももちーPからのメッセージに答え続けたのである。
『なるほど、確かにその子はかわいい』
『スタイルなんかは、二次元の存在とはいえ憧れる』
『私も、推し……じゃなく、担当を早く見つけたい』
『ちなみに、今気になっているのは――』
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帰宅し、ベッドに鞄を放り投げたら、お楽しみのアフターファイブだ。
漫画を読むもよし! ゲームをするもよし! 動画を見たりするのもよい!
もちろん、課題や予習復習も忘れちゃいけないがな!
で、俺にとって、何よりのお楽しみといえば、他でもない……MV鑑賞である!
さて、今日はどの楽曲を、どんなメンバーと衣装とで楽しもうかと思いつつ、スマホに接続したイヤホンを耳へぶっ刺したのだが……。
メッセージが、届いていた。
『助けてマンダムP!』
『担当が決まらない!』
『個別のコミュを読む度に、この子が一番かわいいと思え文字数』
『風の戦士もいいし、子豚になるのもいい。うどんも食べたくなる』
『そう思ってると、ちゃに原点回帰もしたくなる』
『いっそのこと、箱で推したい』
「そうか、そうか……。
まあ、やってると、どんどん好きなアイドル増えるよな。
担当を一つに絞らなきゃいけないって、縛りもないし」
自室のベッドに腰かけ、メッセージではなく、独り言でもってももちーPに答える。
そして、こうつぶやいたのだ。
「いや、めっちゃメッセージ飛ばしてくるな。こいつ」
『おーい』
『聞いてるー?』
……さっさと答えないと、無限にメッセージが飛んできそうだが、答えても延々と送られてきそうであった。
そして、その予想は的中したのである。
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