サクラ散ってフレンドに
我が校の部活事情に関して、端的に述べるならば、それは、可もなく不可もなく、といったところになるだろう。
とにかく――ゆるい。
俺がのんびり帰宅部をやれてることから分かる通り、部活に入ることは強制じゃない。
また、部活へ入っている者たちも、青春の汗を流すことへ燃えているわけではなく、スポーツなどを通じてのレクリエーション目的で在籍している者がほとんどだ。
――うち、スポーツの強豪校とか目指してるわけじゃないんだよね。
――ほら、監督する先生たちだって、大変だしさ。
そんな理事長先生の思惑が、透けて見えそうな校風であった。
だがまあ、いざ、部活開始となれば、在籍している生徒たちはそれなりに真剣だ。
何事も、真面目にやってこそ、楽しめる。
それなりに真剣に活動し、それなりに楽しみ、それなりに青春を謳歌する……。
それが、我が校における部活動の実態であり、閉じられた扉や壁を通して、バスケ部や柔道部など……体育館で活動している部活動のかけ声などが、この場には漏れ聞こえていた。
放課後、体育館の裏……。
創作物でも現実においても、そうそう人はやって来ない絶好のこそこそスポットである。
そんな場所に立った俺は、そわそわとしながら、待ち合わせの人物――百地が現れるのを待っていたのであった。
当然、脳裏に浮かべている言葉は、一つだ。
すなわち……。
――我が世の春がきた!
小生、古代の機械人形に乗ったりしたら、背面から物騒な蝶の羽を出しそうなくらいには絶好調である。
または、有頂天ともいう。
この肉体は、今、黄金の鉄の塊と化していた。
だってよー。こっそり手紙を渡して、書かれていた内容は『放課後、体育館の裏に来てほしい』だぜ?
これはもう、告白でしょう! 違ったら、木の下に埋めてもらってもかまわない。
普通の相手ならば、ドッキリやイタズラの警戒もする。しかし、相手はあの百地だ。
少なくとも、一ヶ月ちょいの学校生活において、彼女が一緒にイタズラを仕掛けようとするような友達といるところは見たことがない。
つーか、誰かと会話してるところも見たことがない。
ならば、ソロでドッキリを仕掛けてくる可能性もあるか……といえば、その線は薄いだろう。
ああいうのは、誰かと一緒に笑いものにするからこそ、だ。
一人でそんなもの仕掛けたって、何が面白いのかという話になるし、また、百地という少女のキャラ的にもそれはないだろうと思えた。
というわけで、残された可能性はただ一つ――告白ということになるのである。
あり得ないものを一つずつ取り除いて、残ったものこそが真実であると、かのシャーロック・ホームズも言っていたはずだ。ゆえに、間違いない。
――かーっ! まいったなあ!
――俺ってば、百地に惚れられてたかあ!
心当たりがあるかといえば、一ミリもそんなものは存在しないが、人間の心ほど不思議なものはないのだ。急に惚れたっておかしくはない。
あるいは、取り立てて取り柄もなく、顔が良いわけでもないのに、なぜか異性から好かれるという、ハーレムモノ主人公のごとき能力を、俺が獲得してしまったのかもしれなかった。
と・に・か・く。
全ては、百地がやって来れば分かること。
俺は、勝者の余裕でもって、その瞬間を待ち望んでいたが……。
「………………」
「よう。
手紙の通り、来たぜ」
果たして、百地は現れたのである。
俺と同様、帰り支度を終えて、片手には鞄を下げていた。
――こいつあ、まいったなあ!
――こりゃあ、告られて即、放課後デートコースかあ!?
我ながら、実にイイ気となって、彼女の言葉を待っていたのだが……。
「………………」
肝心の言葉が、ない。
「………………」
言葉はなく……。
ただ、無表情な……それでいて、奇妙な圧のある視線が俺に突き刺さる。
なんだろう? 自分の感情を言葉にできないのだろうか? こう、小田和正みたいに。
とはいえ、呼び出したのは向こうだ。なんぼ無口といっても、要件は伝えてもらわねば困る。
「………………」
「………………」
俺も彼女も、言葉はなく……。
ただ、互いの視線だけが交差した。
おっかっしいなー? ロマンチックが止まらないシチュエーションだと思うんだけどなー?
今の俺たちは、告白中の高校生というより、バトル寸前のポケ〇ントレーナーだ。
「………………」
不意に、彼女の視線が俺から逸れる。
踵を返そうというわけでは、ない。
俺から視線を逸らし、ポケットから取り出したスマホをいじり始めたのだ。
おいおい、人を呼び出しといて、目の前でSNS巡回でもするのかい?
ともかく、君の前にいるこのウカレポンチを、なんとかしてやってくれないか?
そんな願いが通じたのだろうか……。
彼女が、スマホの画面を俺に向けてきた。
横持ちでかざしてくると、戦わなければ生き残れないライダーみたいだな……。
などと、いっている場合ではない。
「――っ!?
な、何ィ!?」
彼女がかざしてきたスマホの画面……。
そこに映し出されていたのは、十三人の二次元美少女――アイドルが、決めポーズしている姿だ。
この画面を、見間違えるはずもない。
周年ごとに基本的なタイトル画面は変わるが、これは昨年、リリース五周年を迎えてから、何度となく目にした画像である。
これは、俺が遊んでいるソシャゲ……!
「………………」
素早くスマホを手元に戻した百地が、何やら高速で連続タップを始めた。
これは……文字入力、か?
片手ではなく、両手でやっているところを見ると、ひょっとしたら、フリック入力ではなくキーボード入力を使っているのかもしれない。
果たして、俺の予想は正しく……。
彼女が、今度は縦持ちで画面をかざすと、そこには簡潔なテキストが表示されていたのだ。
いわく……。
『私と、フレンド登録してほしい』
……ははあ、なるほど!
これは、あれだな!
お友達からお願いしますというやつだ!
ただし――ソシャゲのフレンドとして!
「ああ、うん……いいよ」
ついさっきまで、脳内で咲き誇っていた桜の花は、あっという間に散っていき……。
俺は肩をがっくりと落としながら、とりあえず、そう返事したのである。
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