手をつないで……

 その後……。

 休み時間などに、ちょいちょいと繰り広げた百地……つーか、ももちーPとのやり取りを要約すると、こういうことであった。


『コミュを読み進めてたら、町中華が食べたくなった』


 ……まあ、気持ちは分からないでもない。

 俺たちがやっているゲームの舞台は、五十二人ものアイドルを擁する劇場だ。

 アイドルたちの個性は、実に多種多様……。

 その中には、中華料理屋さんの娘もおり、彼女をフィーチャーしたシナリオでは、中華料理屋で繰り広げられる会話も存在するのである。

 あれだな。

 松重豊主演のグルメドラマを見た後、猛烈に同じものが食べたくなるのと同じ現象だ。


 だから、彼女の気持ちは分かる。

 痛いくらいに分かるのだが、しかし、これは……。


 ――デートじゃね?


 青春真っ盛りな身の上としては、どうしてもそう思えるのだった。


 ――よしんば、デートじゃなかったとしても。


 ――でもこれ、デートじゃね?


 ……うん、脳の思考回路がバグってる。

 だから、どう答えたものか、返答に困っていたのだが……。

 プロレス好きアイドルが「行こうよ!」と言っているスタンプを押されては、仕方がない。

 俺は、野球好きボーイッシュアイドルが「参戦希望!」と叫んでいるスタンプを押し、承諾したのであった。




--




 というわけで、放課後……。

 俺と百地は、中央線快速列車の座席に、隣り合わせて座っていたのである。


「………………」


 こんな時でも、強烈に無表情。

 彼女の目は、ただ、前方の空き座席に注がれていた。

 俺たちがやっているゲームにも無表情アイドルはいるが、あっちはそれっぽいだけで感情豊かだし、ちゃんと自分の気持ちなどは、言葉で伝えてくれるぞ。


「なあ、百地……」


 沈黙に耐えかね、俺はとうとう口を開く。


「休み時間のチャットで、ついてきてほしいって言われたからついてきたけど、これ、どこへ向かってるんだ?」


「………………」


 百地が、俺を見る。

 だが、その口が開かれることはなく……。

 代わりに彼女は、スマホで文字入力を始めたのだ。

 ああ、うん。ラウンジのチャットね?

 開いてみると、書かれていたのは簡素な言葉。


『どこか、遠く』


 逃避行でもするつもりかっ!?

 ……と、つっこみたいが、公共交通機関でそれは迷惑なので、叫んだりはしない。

 代わりに、こう尋ねたのである。


「遠くって、町中華食いに行くだけでか?

 それとも、どこか有名なお店でもあるとか?」


 ちらりと俺を見た百地が、またも文字入力。


『違う』


『学校の付近にあるお店だと、ワンチャン、同じ学校の人と鉢合わせるかもしれない』


『もし、そうなったら、恥ずかしい』


「それで、大移動か……」


 顔を引きつらせつつ、車内の案内表示に目線を向けた。


「……吉祥寺か。

 さすがに、ここまできたら、そうそう出くわさないだろう。

 電車代ももったいないし、降りて店を探すでいいか?」


『任せる。それと、電車代とご飯代は持つ』


「奢ってもらうわけにはいかないよ。

 昼間にチャットで伝えた通り、親からご飯代はもらっているんだから」


 その辺りに関しては、すでに伝えてある。


 ――二千円。


 行き帰りの交通費+晩飯代としては、ちょうどいい額だろう。

 無論、お釣りはほとんど残らないだろうが……。

 それでも、アイスくらいは買えるだろうし、滅多に赴かない遠方で飯を食うというのは、とても有意義なお金の使い方であると思えた。

 しかも、抜群にかわいい女の子と、だ。


 うむ……我ながら、リア充っぽい。

 まあ、真のリア充なら、ここは逆に自分が食事代を持つと言いそうな気もするが……言わないかな? 社会人ならともかく、小遣いでやりくりする高校生がそれ言うのは、なんか違うし。

 ちょっと、話がズレたな。


「吉祥寺で飯を食うなんて、そうそうあることじゃないんだからさ。

 そういう体験に使うなら、それは生きたお金の使い方だと思う。

 だから、気にする必要はないのさ。

 それより、せいぜい美味そうな店を見つけてやろうぜ」


 我ながら、だいぶ格好つけた言葉であったが……。


「………………」


 はい、隣の百地さんは、当然のように無表情です。

 いや、いっそ、真顔であるといってもいい。


「………………」


 なんか、そういう顔で凝視されていると、「何、格好つけてるの? この人?」ってつっこまれてるみたいだな。

 かといって、視線を逸らすのもどうかと思い、俺が困っていたら、だ。


 ――トトトッ。


 ……と、例によって、百地が文字入力を行う。

 ラウンジのチャットに、表示されていたのは……。


『ありがとう』


 という言葉に加え、今回、吉祥寺まで来るきっかけとなった中華料理屋アイドルが、「わっほ~い!!」とはしゃぐスタンプであった。


「………………」


 これを打った当の本人は、もはや鉄面皮のごとき無表情だが……。

 横持ちにしたスマホで口元を隠しているのは、本人なりの感情表現かもしれない。

 俺は、燃え盛る闘志を秘めた熱血系と言っても過言ではないアイドルが、「このまま突き進みましょう!」と叫んでいるスタンプを押したのである。




--




 吉祥寺というのは、その名通り、何やらお寺にまつわるお土地柄であり、駅周辺の土地も、お寺関連のものが多いと、以前、小耳に挟んだことがあった。

 だが、そこは悲しいかな。俺も信仰心の薄い現代日本人である。

 やはり、この土地で連想するのは、駅を出てすぐのところにあるアーケード街であり……。

 そこは、今日も今日とて、多くの人で賑わっていた。


「……とと。

 とりあえず、一旦、邪魔にならない所へ行って作戦会議しようか?」


「………………」


 さすがに、立ち止まって文字入力をするのは、危ないからだろう。

 今ばかりは、こくりとうなずくことで、百地が同意を示す。

 というわけで、俺たちはアーケード街の入り口部……端っこの邪魔にならない場所まで、移動したわけだが……。


「それで、どうしよう?

 とりあえず、目についた町中華のお店に入ればいいのかな?

 さすがに、チェーン店は除外する感じで」


 町中華を手軽に楽しむだけなら、日高屋なり、餃子の王将なりに入ればいい。

 いずれも、充実したラインナップと、高クオリティな料理で客をもてなしてくれるハズレなしなチェーンだ。

 が、コミュ中のシチュエーションに合わせて浸りたい、という今回の趣旨を考えれば、チェーン店はNGだろう。

 そもそも、遠出した甲斐がないしな!


 俺の言葉を受けて、百地が文字入力を行う。


『適度にひなびてて、かつ、日本人による経営の店が好ましい』


『ネットによると、日本人経営とそうでないのでは、雰囲気が変わるとあった』


「あー、確かに。

 どっちが良いってわけでもないけど、今回は、日本人経営の店だよな」


 ゲーム内に登場するアイドルの実家は、日本人経営の町中華屋さんだ。

 せっかく、ここまで来たのだ。

 とことんまで、こだわるべきだろう。


「よし、それじゃあ、行くか!」


 俺の言葉を受けて、百地は、ここのところ高槻市ご当地アイドルと化しつつあるアイドルが、「うっうー!」とはしゃぐスタンプを押す。

 そして、スマホをポケットにしまい……。

 俺の手を、握ってきたのである。


「よし、行――」


 あまりに自然な流れでの手つなぎ……。

 それに、一瞬、脳の反応が遅れた。

 ふむ……。

 やわらかくて、ひゃっこい。


 ――じゃない!


 俺は、「バッ!」という効果音がつきそうなほどの勢いで、百地を見やったが……。


「………………」


 彼女は、無表情に俺を見るだけである。

 が、とりあえず、手を放す様子はない。

 あー、まあ……そうだな!

 人が多いし、はぐれたら大変だしな!

 俺は自分で自分を納得させ、百地と共に、アーケード街を歩き出したのであった。


 ……周囲からは、今の俺たち、どう見えているんだろう?

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