「家の人」たち

 睡眠の満足度を大きく変動させる要素の一つとして、どうやって目覚めるかが挙げられるだろう。


 理想は、肉体にとって必要十分な睡眠を経て、自然覚醒すること……。

 次点で、小鳥のさえずりや、窓から差し込む日の光で目覚める、といったところだろうか。


 個人的に好きじゃないのが、スマホのアラーム音などによって起床することで、これは睡眠の満足度を大きく低下させる。

 要するに、騒音によって強制覚醒させているのだから、これは当然のことといえるだろう。

 幸い、俺は規則正しい生活を心がけており、万が一のためセットしているアラームの世話になることは、滅多にない。

 赤ん坊のようにスヤスヤと眠り、朝がきたならパッチリと目覚める……理想の生活ってやつさ。


 話が少し逸れたな。つーか、海沿いの町に住む殺人鬼みたいな独白をしちまった。


 話を戻そう。

 それで、最悪の目覚め方は何かというと……これは、目が覚めると同時、おっさんの顔が目の前にあった場合だろう。


 例えばこう……目を開けると同時、ハゲたおっさんが眼前に立っていて「あなたにお話があります。いいですか?」とか聞いてくるのだ。

 で、「落ち着いて下さい」と連呼しつつ、とてもじゃないが落ち着いて聞いてられない衝撃の事実を連発してくるのである。


 いや、はや……もし、自分がそのような立場に置かれたらと思うと、ゾッとしてしまう。

 できれば生涯において、目覚めたら目の前におっさんがいるというシチュエーションは、勘弁してもらいたいものだ。


 はい。前振り終わり。


「む……」


 人間を起こす要因はいくつかあるが、今回は眼前で人がしゃがみ込む衣擦れの音や、その人物自身から注がれる視線が原因であった。

 動物的な直感でそれを感じ取った体が、強制的に睡眠を打ち切る。

 公園のベンチで、肩に体重を預けられながらという不自然な姿勢であったためだろう……。

 お世辞にも、良質な眠りとは言いがたかったが……。


「………………」


「………………」


 それをより悪いものとしたのは、眼前で俺の顔を覗き込むおっさんたちの顔であった。

 しかも、ただのおっさんではない。

 皆さん、揃いも揃って角刈りやパンチパーマなど、どことなく攻撃的な印象の髪型をしており……。

 服装も、スーツでこそあるが、勤め人の着るようなそれではなく、派手さを追求したデザインの代物である。

 顔立ちは、凶悪のひと言……。

 そんなおっさんたちが、俺と……まだ眠ったままの百地が座るベンチを取り囲み、こちらの顔を覗き込んでいるのであった。


 いや、おっさんたちなどという、持って回った言い方はやめよう。


 ――ヤクザだ。


 「僕は極道です」と紙に書いて貼り付けるよりも分かりやすい風体をしたヤクザ屋さんたちが、俺たちいたいけな高校生を取り囲んでいるのである。


「坊主……」


 ガチ恋距離ともいえるほど顔を近づけたヤクザさんが、ゆっくりと口を開く。


「てめえ〇×▽$|#――ッ!」


 そこから放たれたのは、ビックリするくらい豊かな声量の……それでいて、早口過ぎて聞き取れない威嚇の言葉だ。


 威嚇……そう、威嚇であった。

 あるいは、恫喝ともいう。

 何が何やらまったく分からないが、俺は彼らの不興を買い、怒りの感情を向けられているのである。


 そして、このような大声を至近で放たれれば、眠ったままの百地が目覚めぬはずもなく……。


「ん……う……」


 さすがの彼女も、起き抜けでは言葉を発するのか、そう口から漏らしつつ、目をこすっていた。

 それへ、一斉に反応したのがヤクザさんたちである。


「お嬢!」


「お嬢さん!」


「無事でしたか!?」


 ――お嬢?


 その言葉で、眠ってしまう前に聞いていた言葉……つーか、チャットの文字を思い出す。


 ――お弁当。いつも、家の人が作ってくれる。


 ――お手伝いさん……みたいな?


 ――住み込みで色々と家事をしてくれる人たち。


 ははあ、なるほど……。

 それって、部屋住みしている若い衆のことかあ!


 ………………。


 百地って、ヤクザ屋さんの娘なのかよ!

 それも、明らかに下っ端の娘ではない……。

 幹部クラス……いや、ひょっとしたなら、組長の娘だ!


「………………」


 目を覚ました百地が、ヤクザ屋さんたちを見回す。

 そうすると、彼らも凶暴な顔をほっとゆるめ、心から安堵した笑みを浮かべた。


「よかった! なんにもなさそうだ!」


「ケガとかもしてないんですね!」


「メールくれた時間になっても帰ってこないから、親父がメチャクチャ心配してたんですよ!?」


「スマホにGPS付けといて、本当によかった……!」


 あー……なるほど。

 親父――限りなく組長としてのニュアンスを感じる――にあらかじめ連絡した時間になっても帰ってこないから、大慌てで車を回すなりして、GPSの位置に駆けつけてきたわけね。


 なんというか、イイ人たちである。

 いや、間違いなく悪人なんだけど、善性を感じられた。

 少なくとも、この人たちは心から百地を慕っているし、その身を案じて行動できるのである。


 でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。


 重要なのは、お姫様のように大事にしているお嬢さんが約束していた時間になっても帰ってこなく……。

 ようやく見つけたと思ったら、公園のベンチで男子高校生と一緒に爆睡していたことなのであった。

 そして、より重要なのは、問題の男子高校生がこの俺であるという事実なのである。


「………………」


 あ、家の人……つーか、組の人に対してもそういうスタンスなんですね?

 我らが百地お嬢さんは、俺に対するのと同じように無言かつ無表情で、じっとヤクザさんたちを見やった。

 だが、彼らにとっては、それだけで十分だったらしい。


「お嬢……何がいいたいかは、分かっています」


「俺たちは、お嬢と親父に忠誠を誓ってますから」


「そのお心は、全て分かっています」


 ――おお! 分かってくれたか!


 なんという……頼もしい言葉だろう!

 ソシャゲにドハマりした結果、夜更かししている状態で同じゲームのフレンドをオタ活へ誘い、帰り道で休んでいたらうっかり寝入ってしまった……。

 この、複雑にして説明が面倒くさい状況を、何も言わずとも理解してくれるなんて!


 嗚呼……きっとこの人たちには、ときが見えているに違いない。

 いまだ宇宙へは進出していない人類だが、すでに、種としての革新はなされていたのだ。

 きっと、俺たちの未来において、暇人が巨大連邦組織へ反省をうながすような事態は起こらないに違いない。


 そんな頼もしいヤクザさんたちが、一斉に俺を見る。

 見るというか、睨む。

 そして、口々にこう言ったのだ。


「てめえ! お嬢をかどわかしやがって!」


「ぜっていに許さねえぞ! ゴルァ!」


「〇×▽$|#――ッ!」


 ――何一つ伝わってねえ!


 ――いや、当たり前だけど!


「………………」


 そんな彼らに、頼れる百地お嬢さんは無言を貫くのみである。

 お願い! 今だけは口を開いて! 言葉で説明して!

 なんなら、文字で伝えてくれてもいいから! ガンバッテ!


 そんな俺の願いは通じず……。

 なんとなく、一同の中で最も偉そうなヤクザさんが、こう告げた。


「近くに車を停めてある。

 ――乗れ」


 と、そこで、百地が何かスマホへ打ち込む。

 縦持ちであることから、おそらくはメモアプリか何かを起動しているに違いない。

 いいぞ! 百地! それだ! 筆談で伝えるんだ!

 果たして、百地が掲げたスマホ……。

 そこには、こう書かれていたのである。

 『乱暴はダメ』と。


 偉そうな人が、ゆっくりとうなずく。

 そして、ひと言。


「分かっています。

 ここでは、手荒な真似はしません」


 ……いまいち伝わっていなかった。

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