走者たち

「万田さん、お待ちしておりました」


 立派な邸宅の前でびしりとスーツを着こなした大人が立っていると、ヤクザというよりは、SPか何かのように見える。

 インテリで知られる村田さんの場合、いかにも知的そうな眼鏡をかけているし、そもそも、他の人たちと違って、スーツそのものも威圧的な仕立てではないから、より一層、そのような印象があった。

 さりとて、サラリーマンなどではなくSPに思えてしまうのは、やはり、どこかカタギ離れした剣呑さが漂っているからに違いない。


「わざわざお出迎え頂いて、ありがとうございます」


 そんな彼へ頭を下げる俺は、手ぶらではない。

 右手へ提げたビニール袋に入っているのは、道中のスーパーで購入した品々。

 桃缶やカロリーメイト、ポカリスエットである。

 テスト勉強で忙しいはずのこの期間、わざわざ、電車を乗り継いでこんな品と共に来訪する理由はといえば、これはひとつしかない。

 そう……。


「百地さん……熱を出して寝込まれたと聞きましたが?

 それも、親子共々」


 見舞いのため、であった。

 しかも、百地一人のみならず、パパの方もセットである。

 親子揃って、何をしているのか。

 いやまあ、片方に関しては聞くまでもなく知っているし、もう片方も、おのずと想像がつくのだが……。


「はい。

 実は、親父もお嬢さんも……。

 夜を徹して、イベントを走り続けまして……!」


 ほらね?

 男泣きを見せるインテリで知られる村田さんであったが、そんな鉄砲玉に刺されたみたいなリアクションをされても困る。


「はあ……。

 それで、二人共、どのような具合なんですか?

 単なる過労や風邪なら、お医者から薬もらって寝れば治ると思うのですが」


「まさに、万田さんにご協力頂きたいのは、そこなのです」


 泣くのをやめたインテリで知られる村田さんが、きりりとした顔になった。


「門前で話していても、仕方がありません。

 ひとまず、お上がり下さい」


「まあ、そういうことなら……。

 ささやかながら、差し入れも持ってきましたし」


 そう言って、手にしたビニール袋を掲げ……。

 俺は三度みたび、百地邸へと足を踏み入れたのである。




--




「ええい! 放せ! 放しやがれい!」


「そうはいきやせん!

 たかが風邪。されど風邪。

 もし、ここで無理をしてこじらせちまったら、どうするんですか!?

 週初めには、本家での会合もあるんですよ!?」


「そうです!

 それに、あっしらは亡き奥方へ誓ったんでさあ!

 何ものからも、親父を守ると……!

 それは、他ならぬ親父自身からもです!」


「やかましい!

 ここで……ここで、走ることをやめるわけにはいかねえんだ!

 おれは、なにがなんでも、担当にアナザー衣装を着せてえんだよ!」


 足を踏み入れて、三秒で帰りたくなった。

 えー、天気は快晴。初夏の百地邸でございます。

 寝室パドックでは、百地パパが大暴れして、手下の皆さんにどうにか抑えられていますね。

 大分かかってしまっているようです。どうにか、落ち着きを取り戻せればいいんですが……。


 と、いうわけで、万田圭介が現地からお送りしました。

 いやもうね。目の前で繰り広げられてる光景を、なんていえばいいんだろうね?


 どうやら、百地パパはベッドを使わない主義らしく、畳敷きの部屋には、彼の布団が敷かれている。

 で、その布団から起き出そうと……正確には、己のスマホを掴もうと百道パパが手を伸ばし、手下の皆さんが、必死になって抑え込んでいるわけだ。


 むくつけき男たちによるレスリング……。

 うん……気持ち悪い!


「おお! 万田君!

 君もこいつらに言ってやってくれ!

 今が大事なんだ!

 まずスタートダッシュで引き離す! 中盤に加速してさらに引き離す!! ラストスパートでダメ押しっ!!

 これこそが、必勝の策であると!」


 ほう……教えずしてうみみ走法にたどり着くとは。

 やはり……天才か。

 感動的だな。だが無意味だ。


「俺も大人しく寝た方がいいと思いますよ。

 そもそも、体調崩すまでゲームするものではありませんし」


「――っ!?

 う、裏切り者があっ!」


 投げられた枕はさっとかわし、寝室を退出する。

 外で待機していたインテリで知られる村田さんが、済まなそうに軽く頭を下げた。


「お恥ずかしいところを、お見せしやして……」


「いやあ、元はと言えば、俺がゲームを勧めたのがきっかけですし。

 にしても、まさか、ここまでハマるとは……」


 百地パパの姿は、鬼気迫るものである。

 そういえば……。

 まもなく六周年のそれを迎えるわけであるが、あのゲームには、周年イベントと呼ばれるものが存在した。


 最大の特徴は、リフレッシュタイムと呼ばれる強制的な休憩時間が存在すること……。

 いかなるプロデューサーであろうと、一日八時間……一切のポイントを稼げぬ時間が存在し、強制的にゲームを休まされるのだ。


 実装された当時は、大げさな施策だと思ったものだが……。

 こう、実際に命削って走っている人間を見ると、考え方が変わってくるな。


 あれは、必要なシステムだ。

 何事においても、好きなもののためならば、リミッター外してがんばっちゃう人間がいるのである。


「それで、俺はどうすればいいんですか?

 今の様子だと、何を言っても聞く耳持たなそうですけど?」


「ああ、いえ……。

 親父の方は、自分たちでどうにかしますので」


 インテリで知られる村田さんが、頭をかきながらそう告げた。

 うん、がんばってあのおじさんを取り押さえておいてほしい。


「万田さんにお願いしたいのは、お嬢の説得なんです。

 その……親父と違って、力づくというわけにはいきませんから」


「あー……」


 カエルの子は、カエル。

 ならば、その逆もまたしかり。

 なんとなーく、百地がどんなことになってるか、想像できてしまう。


「ともかく、お嬢の部屋へ……。

 ご案内します」


 と、いうわけで。

 俺はインテリで知られる村田さんの案内に従い、彼女の部屋へ向かったのであった。




--




「お嬢、村田です。

 ――入ります」


 女の子の部屋というだけでも気を遣うのに、組長の娘ともなれば、なおのことだろう。

 インテリで知られる村田さんが、慎重にドアを開ける。

 果たして、その先で繰り広げられていた光景……。


「………………」


 それは、ベッドの上で見るからに熱で顔を赤くしながらも、ベッドテーブルに勉強道具とスマホを置き、鬼気迫る様子で勉学とイベランに挑む百地の姿であった。


「………………」


 無言の彼女に代わり、スマホから鳴り響くのは、電波が感傷する今回の――ああ、やはり今回も名曲だ――イベント曲と、オートライブのタッチ音。

 それにしても、だ。


「………………」


 いつも通り無表情な百地であるが、顔を真っ赤にし、汗をダラダラ流しながらこれに臨む姿は、なまじ表情があるより空恐ろしい。


「アイエエ……」


 機界な戦隊よりも……。

 あるいは、どんぶらな喫茶のマスターよりも全力全快なその姿に、俺は思わずそう漏らしたのである。

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