隣席の無口美少女から、ミリオンなソシャゲのフレンドになってほしいと頼まれた
英 慈尊
つるっと滑って……
――スマートフォン。
俺が物心ついた時には、生活必需品ヅラをしていた便利な板っ切れの名称である。
さて、この板切れであるが、人によって、主となる役割は様々だろう。
例えば――電話。
まあ、これはフォンの名称を冠しているのだから、当然であろう。
その気になれば、ビデオ通話も自由自在。リモートワークだって、これさえあればこなせないことはない。
声と声だけに留まらない、多様なコミュニケーションが可能だ。
コミュニケーションといえば、SNS用途を忘れてはならない。
と、いうより、俺を含む現役の高校生にとっては、その使い方こそ主流かもしれない。
実に様々な、各種のSNSサービス……。
文字やスタンプによるやり取りのみならず、写真や画像をアップしての交流も、ネットの世界では盛んである。
学生のお楽しみといえば、動画サービスの視聴端末という役割も大きい。
大手のサブスクに登録すれば、一生かかっても視聴しきれないくらいの映画やドラマが見たい放題であるし、動画配信サービスも大繁盛だ。
夜遅くまで、推しの配信を見ていたせいで寝不足だ……なんていうのは、登校時によく聞く会話であった。
楽しむ、というなら、音を楽しむ行為……。
音楽のプレーヤーとしても、この機械は一級品である。
俺自身、何かの合間にイヤホンを付け、スマートフォンで音楽を聴くことは多い。
昔の人は、分厚い手帳みたいなサイズのプレーヤーに、カセットテープやらCDやらを入れていたらしいから、それと比べれば、随分とお手軽なもんであった。
さらにさらに、読書をする際にも、スマートフォンは大活躍だ。
ハッキリ言って、スマートフォンを持ち歩くという行為は、図書館を持ち運ぶ行為に等しい。
無料で読めるネット小説や漫画アプリは星の数ほどあるし、動画同様、サブスクだって存在する。
しかも、紙の書籍と違い、電子書籍は割り引きになることだってあった。
部屋の本棚を圧迫することもないし、これからますます、スマホで読書をする人は増えるだろう。
さて、これまで色々と挙げたが、俺にとって、スマートフォン最大の役割は別にある。
そう……。
――最も手軽で、身近なゲーム機。
それが、俺にとってのスマートフォンだ。
--
「おはよー
「はよ」
クラスメイトたちと軽く朝の挨拶を交わしながら、俺――万田圭介の机へと歩む。
ここ――一年二組の教室において、俺の席は窓際列の最後方。よく、漫画やアニメで主人公が座る席だ。
ゴールデンウィークを終えて間もない五月初旬の今は涼しくていいが、これから季節が巡っていくと、直射日光が暑くてしょうがなくなる席ともいう。
入学時のレクリエーションによると、席替えは二学期の開始時までやらないそうなので、すでに学校生活で最も暑い時期は、ここで過ごすことが決まっている。
夏の暑さが苦手な俺としては、少しばかり憂鬱なことだ。
そんな席であるが、一つ利点があるとすれば、クラスの和気あいあいとした雰囲気から、物理的にも精神的にも距離を置けることだろう。
すなわち――スマホをいじくるチャンス。
席へ座ると同時に、ポケットからスマホを取り出しロック解除。
そして、もう目をつむりながらでもタップできる位置のアイコンに触れ、目当てのアプリを起動した。
瞬間、画面が暗転し……。
音量をゼロにしているので、無音のまま、アプリが立ち上がる。
そうすることで表示されたのは、十三人ばかりの美少女キャラが、こちらに決めポーズをしているタイトル画面であった。
ただし――横向きに。
スマホを横にして遊ぶゲームで、普段通り縦持ちにしているのだから、これは至極当然の出来事である。
なぜ、俺がそのようなことをするのか?
その答えは、ただ一つ……。
――偽装だ!
電車やバスなどの公共交通機関で……。
あるいは、ファミレスやカフェなどで……。
スマホを横持ちにしている人がいたら、こう思わないだろうか?
――あ、あの人ゲームしてる。
……と。
中には例外もあるが、多くのスマホアプリは、横持ちでプレイするよう設計されているものだ。
おそらく、横画面の方がキャラ同士のかけ合いを描くのに便利だし、ダイナミックな演出も可能だからだろう。
とはいえ、横持ちにしているだけならば、まだゲームをしているとは限らない。
動画を楽しんでいる可能性だって、十分にあった。
だが、そこへゲームプレイ時特有の、細やかな指の動きまで加わったら、どうか……?
これはもう、十中八九、間違いなくゲームをしているということになるのである。
だから、スマホを横持ちにしつつ、指が細かく動いている人を見かけたら、ああゲームしてるんだな、と、察せられるわけだ。
だから、俺はそんな愚を犯さない。
まあ、見ず知らず、すれ違っただけの他人にそう悟られるのは、別に構わないだろう。
だが、今、俺がいるのは高校の教室だ。
ここでもし、勘のいい彼――彼女かもだが――に、ゲームをしていると悟られたとしよう。
そうなったら、こう聞かれるかもしれない。
――へえ、万田もゲームとかやるんだ?
――どんなゲーム遊んでんの?
この質問が……まずい!
俺が今、立ち上げているゲームアプリ……。
それは、端的に表すならば、リズムゲームということになるだろう。
だが、実のところ、リズムゲーム部分はほんのおまけ……。
本質は、登場人物たち――二次元の美少女アイドルを愛でることにある!
実に五十二人も存在する個性豊かなアイドルたちは、いずれも魅力的で……
しかも、リズムゲーム部分をプレイすることで、クリアした楽曲のMVを視聴可能!
MV内では、選択したアイドルたちが、これもこちらでチョイスした衣装を着て、キレッキレのダンスや美しい……あるいは、かわいらしい歌声を披露してくれる。
もうね。寿命伸びるね。
クオリティ・オブ・ライフの高まりたるや、絶好調時のサイヤ人が戦闘力を上げるかのごとく!
つらい試験勉強も、受験勉強も、彼女らのパフォーマンスを見ることで癒やされ、がんばることができた……。
しかも、彼女らは、ただ歌って踊るだけではない。
月に一度か二度、メインストーリーが更新されるのに加え、必ず月二回、イベントが開催されていた。
ソーシャルゲームのイベントというと、タイトルによって内容は様々であるが、本作の場合は、一日十五分程度のプレイでおおよその報酬を獲得可能だ。
目玉報酬となるMV用のユニット衣装を全獲得する場合でも、せいぜいそれが三十分から四十五分程度に伸びるだけで、隙間時間に遊ぶソシャゲかくあるべしという親切仕様である。
そして、報酬を取るのと同時進行で、メインストーリー同様にイベントストーリーが開放され、ストーリー内では各アイドルの様々なエピソードを楽しむことができた。
3Dモデルで作られたアイドルたちによる絡みは、こう……なんというか……てえてえ……。
ただ、かわいいだけではない。
歌って踊ってくれるだけでもない。
アイドル同士のかけ合いで生み出される美しい関係性が! 実在性が! そこにはあるのだ!
……ふう、別に誰と喋っているわけでもないのに、なんか興奮しすぎた。
美少女が大量に登場するゲームを遊び、ニヤニヤニチャニチャと顔を歪める……。
これはもう、客観的に見て、明らかなオタクである。
それも、世間的に見て、ちょっと気持ち悪いタイプのそれだ。
そのことは、別にどうでもいい。世間様がどう言おうが、俺は俺の好きを貫くよ。
でも、高校という、同年代同士のコミュニティにおいて、それが露見することは頂けない。
ヒエラルキーとか、グループとか、学校においては、様々な問題が生じるからであった。
学校生活において、このようなゲームを楽しむ人間は序列の下位であり、また、避けられるべき存在……。
どう言い繕っても、それは変わらぬ現実なのである。
……ようやく話が戻ってきたが、ゆえに、俺は偽装するのだ。
横画面で遊ぶべきゲームを、縦持ちでプレイすることによって……。
だったら、教室でアプリなど立ち上げなければいいと思うだろう。
実際、俺も起床時にスタミナ――これを消費することでゲームがプレイできる――は可能な限り消費してあり、下校時までスタミナ上限に自然回復が追いつかないよう調整してあった。
しかし、だ。
このゲームには、オファーと呼ばれる機能が存在するのである。
オファーというのは、他ゲームにおける遠征で、これにアイドルを出しておくと、数時間後、アイテムなどの報酬を手にし戻ってくるというものだ。
現在の時刻は、八時三〇分。
三時間必要とするオファーに出してから、きっちり、三時間後であった。
この報酬――取り逃がすわけにはいかない。
ぶっちゃけ、最も短い三時間オファーで得られる報酬などたかが知れているのだが、かいて集めれば大枚。
微課金プレイヤーとしては、こういった報酬をこつこつと集めなければいけないのである。
てなわけで、見づらい縦持ちでがんばって操作し、オファー報酬を受け取ると共にまた別のオファーへ出したのだが……。
「あっ」
と、言った時にはもう遅い。
ああ……この指に、今少しばかりの摩擦力が備わっていれば……。
うっかり手を滑らせてしまったせいで、俺のスマホは、床に落ちてしまったのであった。
画面を、上にして……。
隣の席との、間に……。
折しも、時刻はショートホームルーム前。
隣の席には、バッチリ女子生徒が座っている。
「………………」
隣の女子――
そこには、いまだ立ち上げたままのゲーム画面が、ハッキリと映し出されていたのであった。
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