聖飯戦争
――なんだろう。
――周囲から視線を感じる。
瓶ビールと料理のセットを食べながら……。
あるいは、ラーメンをすすりながら……。
店内で食事するおじさんたちが、チラッチラと俺たちの席に視線を注いでいた。
とはいえ、彼らの気持ちは分かる。
俺と向かい合って座っている少女――百地は、学校に一人いるかいないかというレベルの美少女だ。
しかも、ただかわいいだけでなく、清楚とか、お嬢様とか、そういった形容詞が付くタイプの。
この佐藤飯店には悪いが、ハッキリいって、町中華の雰囲気からは完全に浮いていた。
しかも、そんな美少女が、入店以来、ひと言も発さず座り続けているのである。
そりゃあ、気になるだろうさ。
『気が合う』
『やっぱり、チャーハンしかないと思ってた』
まあ、言葉は発さずとも、こうやってチャット越しに俺と会話はしているわけだが。
「ああ。
ゲームに出てくる店内にも色んなメニューがあるし、クッキングの歌では麻婆豆腐作ってたけどな。
やっぱり、あのアイドルといったらチャーハンなイメージはある」
そういえば、あの歌に出てくる超バーガーは、本当に狂った代物だったな。
正気でこさえられる料理じゃない。まさしく、頭ミリオンな産物だ。
が、百地は違う感想のようだ。
『あの歌に出てくる超バーガーも、いつか食べたい』
「マジか。
食あたりしそうな気がするけど……」
と、そこまで会話――他人からしたら、俺が一人で話しかけているだけか――を続けた、その時である。
「はいよ。
チャーハン小盛り一つ」
さすがは、熟練の技と呼ぶべきだろう。
まだ二、三分しか経っていない気もするが、恐るべき速さで小盛りチャーハンを提供される。
言うまでもなく、小盛りは百地の分だと理解してくれたのだろう。
おばちゃんが百地の前に置いてくれたチャーハンは、おわん一杯分くらいの分量か? 小盛りにふさわしい量である。
これに、ザーサイとスープも付いてきていた。
おおう、実に美味そうだ。ザーサイ付けてくれてるのは気がきいてる。
「そして、こっちがチャーハン大盛りね」
当然、まとめて調理したのだろう。
続けて、俺の眼前にも大盛りチャーハンが提供された。
――ズン!
……という、音と共に。
「……ゑ?」
声にならぬ声が、漏れた。
なるほど、眼前に供された料理の構成は、百地に出されたものと同じだ。
チャーハン、ザーサイ、スープ……。
ただし、メインであるチャーハン……その量が、明らかに異なる。
まるで……。
サッカーボールを、二つに割ったかのような……。
圧倒的な質量を誇るそれが、俺の前に置かれていたのであった。
全身から、ぶわっと汗が吹き出すのを感じる。
ふと、周囲を見回してみれば……。
「あの坊主。
この店で、大盛りを頼むとはな」
「きっと、ネットの書き込みか何かを見て、挑戦しに来たんだろうよ」
「にしても、女連れとは余裕だねえ」
「大方、いいところを見せたいのだろうさ」
ビールを飲みながら……。
あるいは、料理に舌鼓を打ちながら、常連だろうおじさんたちが語り合っている。
ふと、カウンターの方を見れば、年季の入ったご主人と給仕してくれたおばちゃんが、「分かっているぜ」という感じの笑みを浮かべていた。
そこで、気づく。
カウンターの上には、色紙が飾られており……。
それらは、テレビで見かける大食いファイターたちのサイン色紙であったのだ。
――あ、そうかあ!
――そういう店かあ!
――注目されてたの、百地じゃなくて俺かあ!
気づいたところで、もう遅い!
今の俺は、どっからどう見ても有能な能力持ちを、なぜか追放してしまった悪役キャラのごとき立ち位置だ。
待ち受けているのは――破滅!
「………………」
対面の百地が、相変わらずの無表情さで、俺のチャーハンを見つめる。
そして、何やらチャットに打ち込む。
ラウンジのチャットには、北海道出身アイドルが「すごいねえ!」と目を輝かせるスタンプを押されていた。
そうだねえ。すごいねえ……。
想像していたのとは、大分斜め上のすごさだけどな!
なんだろう……。
さっきまではあれだけの居心地良さを感じていた店内が、急に不良のたまり場みたく思えてくる。
ここは、圧倒的アウェーだ。
俺ごとき人畜無害な生物に居場所はない。
ああ、もし、あの時、大盛りではなく並盛りで頼んでいたならば……。
小盛りのチャーハンや周囲の様子からして、そっちは常識的な量である可能性が高かったのに!
チャーハンのデカ盛りぶりに恐れをなし、レンゲを掴むこともできずにいた俺であったが……。
ふと、正面からの視線に気づく。
「………………」
無感情、無感動、無表情。
三つの無を備えた百地が、俺のことをじっと見つめていた。
そして、こくりと首をかしげる。
ああ……これは、チャットやスタンプで伝えてもらうまでもない。
――食べないの?
と、聞いているのだ。
うん、君の目には、俺がこれを完食できる大食いに見えるのかな?
が、確かに、このまま硬直しているわけにはいかない。
すでに賽は投げられた。
分量を知らずのこととはいえ、俺はこのチャーハンを注文し、すでに供されているのである。
食べないのも、このまま冷ましてしまうのも、あまりに無作法……。
「頂きます」
覚悟と共に、両手を合わせた。
「………………」
対面の百地も、無表情ながらに両手を合わせる。
そして、両者同時にレンゲを掴む。
このチャーハン……。
攻略の鍵を握るは――付け合わせのザーサイ!
--
――体はお米で出来ている。
――血潮はチャーシューで心は卵。
――幾度もレンゲを動かして完食。
――ただ一粒のお残しもなく。
――ただ一粒もおかわりはいらない。
――挑戦者はここに独り。
――町中華の席で吐き気をこらえる。
――もはや、我が生涯にチャーハンはいらず。
――この体は。
――三合くらいのお米で出来ていた。
「……ごっつあんです」
何かこう、口を開けば、言葉ではなく、何か決定的なものが吐き出されてしまうような……。
そのような感覚と戦いながら、完食の言葉を口にする。
かつて、大食い番組でファイターがこう言っていた。
――チャーハンは、一、二を争う困難な料理です。
なるほど、その言葉に偽りはない。
まず、汁気というものがないので、その時点で麺類のようにすすり込むことはできない。
しかも、熟練の技によりパラッパラに炒められたチャーハンは多量の油分を含んでおり、定期的に水を飲まず食べ進めることは不可能である。
大食いにおいて、時に命取りともなる水分補給……。
その頻度が高まるだけでも厄介だが、真に厄介なのは、味の単調さだ。
認めよう。
この店――佐藤飯店のチャーハンは、絶品だ。
まさに、ベスト・オブ・チャーハン。
チャーハンの理想形、あるべき形が、ここに現出していた。
が、なんぼ美味しくてもチャーハンはチャーハン。
これだけ大量に食べると、味に飽きがくる。
それを克服するための鍵が、付け合わせのザーサイだった。
小皿に、ほんの二、三切れだけ。
だが、それのなんと頼もしいことか!
ここぞというところで、ザーサイをほんの少しだけかじる。
すると、ザーサイの塩気と独特な酸味が食欲を取り戻してくれると共に、口中へ充満するチャーハン臭も緩和してくれるのだ。
まるで、シューティングゲーのボム。
こいつを使いこなせるかどうかで、攻略の可否は変わってくるだろう。
――長く……苦しい戦いだった。
――だが、俺はついにやり遂げたぞ!
気分はまるで、倒壊する悪魔の城を眺める忍者だ。
ガッツポーズをしたくなる俺であったが、ふと、注がれている視線に気づく。
「………………」
対面から、無表情にこちらを見てくるのは、当然、百地だ。
そして、彼女の眼前に置かれた小盛りチャーハン……。
それは、よく見たら、半分くらいしか減ってなかった。
百地が、横持ちのスマホへ何か入力する。
ラウンジのチャットには、満腹のアイドル二人が「おなかいっぱい☆」と言っているスタンプを押されていた。
だが、百地の見せた行動はそれだけじゃない……。
「………………」
なんと、食べかけな自分のチャーハンを、すっと俺に差し出したのである。
「おい、あいつ、彼女の分まで食べてやるつもりか?」
「ヒュー、大した男気だぜ」
常連客たちの話し声や視線が、突き刺さってきた。
なんだろう。
周囲を囲んだライダーたちが、一斉にファイナルなベントを発動し始めたら、こういう気分になれるのだろうか?
唯一、幸いなのは、スープを完食してくれていること……。
再び、レンゲを手に取る。
残る敵は、半分ほどの小盛りチャーハンと、一片のザーサイ。
まとめてお茶碗に入れたら、半分くらいの量だろう。
今の俺には、あまりにつらい質量……。
しかし……。
それでも、だ……。
――戦わなければ生き残れない!
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