グラビアスタジオ鑑賞会

「よし! てめえら、今日はイベントの前祝いだ!

 景気よくいくぞ!」


 このような場における幹事というのは、たぶん、サラリーマンもヤクザ屋さんも大差ないのだと思う。

 以前、朝食を――死ぬほど頂いた百地邸の居間にて、家長が収まるべき席で、しかし、立ち上がったまま缶ビールを掲げた百地パパが、そう宣言した。


 ――おうっ!


 応じたのは、我が生徒たち……。

 じゃなかった。百地組の皆さんである。

 長大な座卓へ並べられたのは、宅配で頼んだ寿司やピザ、揚げ物のオードブルなど……。


 かつての朝食時を思うに、本来、手下の皆さんは同じ食卓につけまい。

 だが、今日だけは……無礼講!

 皆で、大いに騒ぎ、飲み、食い、英気を養う時なのだ。


「それでは、おれたち百地組ゲーム部の設立を祝すると共に、イベランする者の成功を願って……。

 ――乾杯!」


 ――乾杯!


 百地パパが缶ビールを掲げると、手下の皆さんも揃って同じようにする。

 俺と百地も、同じく缶のコーラを掲げ、それで宴は始まったのだが……。


「まさか、自分の手下たちにまで布教するとは……。

 それも、一人や二人じゃなく、これだけ大勢」


 色んな感情のこもった冷や汗を流しながら、俺はそうつぶやいた。


「………………」


 と、隣の百地が何やらスマホに打ち込む。

 自分のスマホでラウンジを覗くと、


『お父さんは、何をするにも常にフルスイングの人』


 という言葉と同時に、劇場の誇るロックアイドルが、「ロックだな!」と言っているスタンプを押される。

 ……確かに、ロックンロール過ぎる親父さんではあった。

 布教が成功したと喜ぶべきか、はたまた、強化し過ぎたと危惧すべきかは、微妙なところだろう。


「しかし、イベランする者の、か……。

 さすがに、全員が走るわけじゃないんですね」


 そう尋ねると、俺と百地の正面で枝豆をパクついていた親父さんが、うなずいてみせる。


「まあ、まだ全員が始めたばかりだ。

 担当とか、推しって言やあいいのか……?

 そういうキャラを、決めきれてるわけじゃねえ。

 今後のことを考え、一同で抗議を聞きはしたが……。

 実際に走るのは、おれ含め、今回の報酬アイドルが、そう……刺さった連中よ」


 そこまで言うと、百地パパは何か思いついたような顔をしてみせた。

 そして、こう続けたのである。


「それこそ、ドスを刺されたようにな」


「……はっはっはっは」


 乾いた笑いを上げるしかない俺の心境、余人に理解してもらえるだろうか?

 うん、すげー上手いことは言えてると思うよ。相変わらずブラックジョークというか、ブラッド気味なジョークだけど。


「それにしても、今回のアイドルが刺さった、か……」


「………………」


 俺が手元のスマホ見ると、百地が自分のスマホに何か打ち込む。

 ラウンジのチャットには、


『マンダムPは、彼女のSSRとか持ってる?』


 と、表示されていた。


「まあ、いくつかは持ってるよ。

 フェス限とか、期間限定のやつとか、過去のイベント衣装とか……」


 言いながら、アイドル詳細の画面に飛び、今回上位報酬となった彼女を呼び出す。

 そして、そのままドレスアップルームと呼ばれる機能へ移行したのだが……。


「………………」


 いつも通り、一切の表情は変えないまま、百地が俺のスマホを素早く覗き込む。

 その様子には、ただならないものがあり……。

 彼女に釣られて、対面から覗き込んできた百地パパが、無口な娘の心情を代弁してくれた。


「こいつは……。

 おれのと、髪型が違うじゃねえか!」


 その言葉で……。

 顔へでかい刀傷を負ったおじさんや、インテリで知られる村田さんなども集まり、俺のスマホを覗き込む。


「本当だ!」


「なんていう名前の髪型か知らねえが……。

 後ろでお団子にしたあの髪型じゃねえ!」


「髪を下ろして……大人のお嬢さんらしさが、倍増してやがるぜ!」


「………………」


 彼らに混じって、百地も食い入るように画面を見つめ続ける。

 やれやれ……。

 俺、何かやっちゃいましたかあ?


「これは、セカンドヘアスタイルですね」


「「「セカンドヘアスタイル!?」」」


 無口な百地を除く全員が、驚きの言葉を発した。


「ええ、特定のカードを引き当てることで、第二の髪型が開放され、それを私服やレッスンウェアなどにも適用させることができるのです。

 ちなみに、これが彼女のセカンドヘアを解放させるカードの衣装……。

 ウエディングドレスですね」


 言いながら、衣装の項目を選び、タップする。

 すると、画面が素早くカーテンによって隠され……。

 それが消えた次の瞬間には、アイドルが私服姿から、ステージ衣装への早着替えを終えていたのであった。


 いや、これをステージ衣装と呼んで、いいのか、どうか……。

 純白の生地は、晴れやかな日を彩るのにふさわしく……。

 散りばめられたレースなどが、華やかに……それでいてエレガントに、全身を着飾る。

 鮮やかなのは、青空をそのまま落とし込んだような色合いのスカートで、膝が見える丈の短さは、なるほど、本来こういった時にまとうドレスにないものだった。


 これなるは、ウエディングドレスモチーフのステージ衣装……。

 期間限定のガシャでしか引くことができない逸品である。


『素敵な衣装で嬉しいです。ふふっ♪』


 ――おおっ!


 画面の中にいるアイドルが、着心地を確かめるようにステップしながらそう言うと、おじさんたちが一斉に声を上げた。


「………………」


 ついでにいうと、百地も無言ながらにガン見である。


「むうう……!

 もっと色々なポーズはないのか!?」


 さらについでにいうと、百地パパは大興奮であった。

 だが、担当アイドルではないとはいえ、所持しているSSR衣装を褒められるのは悪くない。


「いいでしょう……。

 思う存分にアイドルの姿を担当したいなら、このような機能があります」


 一度、画面を劇場――ここではアイドルたちが日常を過ごしている――に戻し、そこから施設移動を選択する。

 五つある選択肢の内、選ぶのは右上――グラビアスタジオだ。

 すると、である……。


「おおっ!

 撮影スタジオになったぞ!

 こんな機能があったのか!?」


 インテリで知られる村田さんが、くいと眼鏡を上げた。

 前に撮影した時の設定が残されているため、ビーチを模した撮影スタジオ内では、俺の担当アイドルが「撮影、よろしくお願いしま~す♪」と、可愛らしい声を上げていたが……。


「この設定を、ちょいといじってやってですね……」


 背景はフラワーアーチ、床は大理石に変更。

 さらに、アイドルと着せる衣装を選択すると……。


 ――おおっ!?


 またもや、感嘆の……。

 あるいは、感動の声が上がった。

 それも、致し方がないだろう。


 ブライダル衣装にふさわしい、華やかな撮影スタジオ……。

 そこへ降り立ったアイドルは、先のドレスと似て非なるそれを身にまとっていたのだ。


 黒と紫を貴重としたドレスは、全体のシルエットこそ先のものと同じではあるが、艶めかしさとゴージャスさを付与されている。

 これを貞淑そのものな成人お嬢様アイドルが身にまとうと、妖艶さすら漂う美しさがあった。


「万田君……。

 これは……?」


「………………」


 父は顔を興奮させ、娘は無表情に俺を見つめる。

 そんな百地親子へ、俺はにやりと笑いながらこう告げたのだ。


「これこそ、アナザー衣装。

 ガシャで被りが出た際に獲得できるアイテムを費やすと、解放される新たな衣装です」


 ――アナザー衣装。


 それは、たった今、スマホ画面へ現出しているように、アイドルへ新たな魅力を与える衣装の名である。

 元となった衣装から、シルエットそのものは変わらない。

 しかしながら、大胆に色合いなどをアレンジすることにより、全く異なる印象を与えてくれるのだ。


 そして、俺が言った通り……。

 これら、素晴らしい衣装バリエーションを解放するのに必要なのは、ガシャで被りが出た際に得られるマスターピースというアイテム!

 通常ならば、悲しみしか生まないガシャの被り……。

 それを喜びへ昇華させるのが、このアナザー衣装であり、誠、優れた施策といえるだろう。

 まあ、それでもやっぱり、ガシャの被りはちょっぴり切ないんだけどな!


「そして、ポーズをリクエストすると……」


 俺のオーダーに従い、アイドルが体をくゆらせ、なんとも蠱惑的な……。

 端的にいって、セクシーなポーズを取った。


 ――おおおっ!


 こうなれば、たまらない。


「おい! テレビでもモニターでもいいから、引っ張ってこい!

 それと、スマホと接続するケーブルもだ!」


「へい!」


 百地パパに言われ、インテリで知られる村田さんが退出する。

 あ、インテリで知られる村田さんも、そういう下っ端みたいな仕事するんすね?


「万田君……。

 今日はぜひ、ゆっくり……いや、泊まっていきたまえ!

 なに、ご両親には食事をご馳走すると伝えてある。

 外泊の許可も、おれが取るさ!」


 百地パパが、無駄に凄味のある顔で迫ってきた。

 しかし、今の俺に、それを恐れる理由はない。

 強いていうならば、テスト勉強をした方がいいのだが、まあ、今日くらいは……。


「もう……しょうがないなあ」


 こうして、俺はインテリで知られる村田さんが運んできたモニターにスマホを接続し、皆でグラビアスタジオ鑑賞会へ臨んだのである。

 冷静に考えると、ヤクザ屋さんに囲まれて二次元美少女鑑賞会をするとか、狂気の沙汰でしかなかったが……。


「………………」


 知ってか知らずか、無表情ながらに興奮した百地が、隣で俺の膝へ手を当て、身を乗り出していたのは、少しだけ、こそばゆかった。

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