百地パパと…… 後編
眠りが浅かったのは、公園のベンチで寝入ってしまったからか、はたまた、気分が高揚しているからか……。
おそらくは、その両方であるに違いない。
「ん……」
ともかく、百地は自室のベッドで、不意に目を覚ましてしまったのであった。
「………………」
妙に冴えてしまった頭で、室内を見渡す。
父の子分たちはもちろんとして、家族にも決して立ち入りを許さない部屋を彩るのは、これまでに収集してきた各種ソシャゲのグッズだ。
ポスター、カレンダー、時計、アクリルスタンド、フィギュア、etc……。
百地は、オタクである。
それも、身の回りをグッズで固めることによって、作品の世界へ浸るタイプのオタクであった。
結果が、この2.5次元化したマイルーム……。
こればかりは、決して余人に見せられない。
もしかしたら、マンダムPには見せてもいいかもしれないが、少なくとも現時点では距離感を間違えた選択肢であることくらい、対人恐怖症の身でも理解できる。
「………………」
枕もとで充電していたスマホを手に取り、時間を確かめた。
時刻は、ちょうど、深夜零時を回ったところ……。
とすると、小一時間ほど眠っていたことになる。
明日……日付け上はともかく、明日としておこう。
明日も学校だ。
夜更かしの結果、今日は眠くてたまらなかったことであるし、同じ轍を踏まないよう、しっかりと眠っておくべきだろう。
「………………」
そう思い、横になってみるも、眠れない。
原因は明らかだ。
「私のバカ……」
客室で行った、マンダムPとのチャット……。
他はともかくとして、あの「ダイスキッ☆」というスタンプに関しては、明らかにやり過ぎであった。
テンションが上がり過ぎていた。
とんだ浮かれポンチである。
出会って……いや、友人となってか。
そう、友人となってだ。
友人となって二日目の相手に、いきなり何を送っているのだ。自分は。
「――――――ッ!」
今更ながら、恥ずかしさに赤面してしまう。
枕に顔を押しつけたりとかしてしまう。
こうなってしまうと、完全な悪循環であった。
興奮し、冴え渡ってしまった頭で、眠ることなどできるはずもなく……。
五分、十分と、百地は無意味にして無駄な時間を過ごしてしまったのである。
「……牛乳飲もう」
かくなる上は、外部の力に頼る他にない。
歯は磨き直さなければならなくなるが、温めた牛乳を飲めば、少しは眠気も湧いてくるし、心も落ち着くだろうと思えた。
だから、部屋を出て台所へと向かったのだが……。
「あ、お嬢」
「眠れないんですか?」
そこにいたのは、父の子分――部屋住みの若い衆だったのである。
よその家に行ったことがない百地でも、自宅の台所が規格外に広いことくらいは、理解していた。
業務用の調理器具を多数備え、大人数の客を迎えることも可能な台所の中で、ジャージの彼らは困った顔をしていたのだ。
「………………」
どうも、その様子に不審なものを感じ、小首をかしげる。
「あー……」
すると、若い衆の一人が、頭をかきながら話し始めたのである。
「実は、ちょっと困ってまして。
親父が、お嬢の同級生……万田君でしたか?
彼と座敷で話し始めたまま、二時間くらい経ってまして……。
何かつまみでも作って持って行けばいいのか、それとも、このまま一対一にしておくのがいいのか、と……」
「………………」
ためらいがちに語られた内容……。
それを聞いて、百地が見せた反応は、迅速であった。
「あ、お嬢……」
若い衆を台所に置いていき、単身、座敷へと向かったのである。
脳裏をよぎったのは、最悪の想像だ。
――てめえ!
――おれの大事な娘を、かどわかしやがって!
父は、自分のことを何よりも大事にしてくれている人間であった。
その愛は、富士山よりも高く、東京湾の海溝よりも深い。
スマホのメッセージアプリに長文という長文を投下し、十分な説明はしたつもりである。
しかし、人間の感情というのは、時に、理屈を凌駕するもの……。
大切な宝である自分が夜遅く――迎えがきたのは二十時くらいだが、百地家では十分に遅い時間だ――まで帰ってこなかった責任を求め、折檻を加えたとしても、おかしくはない。
そして、父が組長を務める百地組は、関東最大規模を誇る暴力団の二次団体……。
その長である父は、いわば、暴力のプロフェッショナルなのだ。
マンダムPを恐怖のドン底に叩き落としつつ、しかし、固く口止めするくらいのことは、訳もあるまい。
だから――急ぐ。
もし、最悪の事態に陥っていた場合、自分の体ごと割って入ってでも、止めるつもりであった。
「――おい、こいつは!」
そして、辿り着いた座敷のふすまからは、何やら興奮した父の声が漏れ聞こえており……。
これは、手遅れであったかと緊張しながら、ふすまをそっと開け、中の様子をうかがう。
果たして、座敷で繰り広げられていたのは……!
「これは……こいつは、エロすぎるじゃねえか!
たったこれっぽっちの課金で、こんなスケベな水着を着せられていいのか!?
こう、どいつもこいつも、プリッとしたケツ見せやがって……!
何がセーラーだ! 海軍魂を愚弄しやがって!」
……自分のスマホを横持ちにした父が、なんか興奮しながら、わなわなと肩を震わせていたのである。
「くっくっく……。
このようなものは、氷山の一角……。
ガシャ衣装も、課金衣装も、無課金で入手可能なドロップ衣装やイベントユニット衣装も、まだまだ大量に存在します」
その横で、ニチャリとした笑みを浮かべているのは、まぎれもなく……マンダムPだ。
幸い、傷ひとつ負った様子はなく、自分の心配は杞憂であったことが分かった。
分かった、が……。
「個人的にオススメしたいのは、ほれ、こちら……。
アイドルをトランプスートに割り当てたイベントの中で、ダイヤチームが着ていた衣装の奏と呼ばれるバージョンです」
まるで、悪代官のように……。
マンダムPが自分のスマホを差し出すと、父がくわと目を見開く。
「こ、これは……!
大胆に開けられた胸元!
かえって扇情的なタイ!
見せ放題の脇!
もはやスカートの意味をなしてない超ミニのスカートに、ガーターベルト……!
けしからん……! 実にけしからんぞ……!」
鼻息を荒くしながら、父がスマホへかぶりつきとなる。
ああ、自分はこんな感じで亡き母と生産されたんだな、と、そう思えた。
「ふっふっふ……。
もちろん、スケベな衣装ばかりじゃありませんがね。
クールも、カワイイも、トンチキも完全に網羅している……。
それが、このゲームなんですよ。親父さん」
「ああ、コミュも最初の方だけしか見てないが、実に良かった」
「そういうのは、エモいっていうんです」
「エモいか!
そう、エモかった!
そして、MVも最高だ! 特に、さっき見せてくれたダイヤだかジョーカーだかのそれが素晴らしかった!
しかも、金次第でこんなエロい衣装を着せられるとは……!」
父と会話を交わし、マンダムPがますます満足そうに笑みを深める。
ニチャアリ……と、納豆のごとき粘っこさで。
「さあ、どんどんMVやコミュを楽しみましょう。
なあに、サービス開始からこっち、微課金ながらに、全アイドルのSSR衣装を最低一種は確保してあります」
「くっ……そんなものを見せられたら、湯水のように金を注ぎ込みたくなるじゃないか!」
「………………」
そっとふすまを閉め、どうせ気づかないだろうが、足音も消しつつその場を去った。
そして、自室へ帰ると、何も見なかったことにして眠りへついたのである。
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