がんばりましょう

『それで、相談なんだけど……。私は、明日から開催されるイベントの上位報酬が欲しい』


 普通に隣り合う形でベンチへ座り直した後、百地はチャットでそう伝えてきた。

 それに対する俺の感想は、やはり……というものである。

 まあ、このタイミングで、わざわざ相談があると言ってきたのだ。

 他に心当たりらしい心当たりはないからな。

 だから、あらかじめ用意しておいた答えを返す。


「ハイスコアランキングの方なら、諦めろ。

 あれは、年に四回開催されるフェスの限定SSRが必要不可欠だ。

 どうあがいても、現状の百地が食い込むことはできない。

 キャラ資産の差ってやつが、もろに出てくる」


 俺たちがやっているゲームのストーリーイベントには、ランキングというものが存在する。

 それも、二種類。


 ひとつは、今語ったハイスコアランキング。

 これは、イベント曲をプレイした際の最高スコアを、他のプロデューサーと競い合うというものだ。


 そして、もうひとつが、イベントポイントランキング。

 こちらは、イベント楽曲のプレイなどによって積み立てられるイベントポイントを、他のプロデューサーと競い合うというものだな。


 どちらも、普通にプレイする分には、ほとんど気にする必要がない。

 そんなものを気にしなくても、楽しく遊べるのが本ゲームのいいところであった。


 だが、後者――イベントポイントのランキング上位へ入ることで得られる報酬。

 これは、あらゆるプロデューサーにとって……特に、対象アイドルを担当する者にとっては、喉から手が出るほど欲しい代物なのである。


「………………」


 無言の百地が、スマホで文字入力した。

 果たして、ラウンジのチャットに表示されたのは、俺が予想した通りの返答であったのだ。


『ハイスコアランキングで得られる報酬には、興味がない』


「興味ないすか……」


 その言葉に、ちょっとだけへこむこの俺である。

 実は俺……ハイスコアのランキングには、ちょっとだけ入れ込んでいた。

 どうせイベント曲はプレイすることになるし、そうなると、手持ちのカードで可能な限り高スコアを狙いたくなってくるからな。

 そして、微課金ながらも……過去には何度か、プラチナマスターと呼ばれる称号を手にしているのだ。


 これは、ハイスコアランキングの100位から2000位以内に入ると得られる称号で、プロフィール欄へズラリと並べたそれらは、プロデューサーとしてのちょっとした誇りである。

 まあ、真に誇れるのは、それより上のトッププラチナマスター称号なんだが……。

 あれは、石油王たちが戦うフィールドだ。一介の高校生じゃ、太刀打ちできない。


 とまれ、ハイスコアの方には興味がないとのこと。

 となると、残る可能性は、必然的にひとつ……。


「……じゃあ、ポイントランキングの方か?

 ますますやめとけ」


 他人がやりたいこと、やろうとしていることを、むやみに否定するべきではない。

 そんなことは、小学生でも知っていることである。

 では、なぜおれが、にべもなくこう言ったのか……。

 それは、むやみに否定しているわけではないからだ。


「君が欲しいのは、2500位以内へ入賞することで得られる報酬だろう?

 俺は、過去に二度、ポイントランキングで2500位以内へ入ったことがある。

 その経験を元に言わせてもらうなら、今回のそれは地獄だ」


 イベントポイント稼ぎは、俗に走ると表現されるが……。

 俺がかつて走ったイベントは、ダイヤモンドの輝きを歌った曲のイベントと、魔法学園と呼ばれるイベントだ。

 前者は、担当アイドルに関する報酬だったので、走るのはもはや必然。

 後者は、これまた担当がダブル主人公の片割れだったイベントで、報酬がその相方に関するものだったのである。


 いやー、どっちも大変だった。特に、後者は受験勉強と両立させなきゃいけなかったし。

 できれば、担当が最初に報酬となったサービス開始初期のイベントも走りたかったが、小学生の当時、スマホゲーへ夢中になり過ぎるなと親に止められてしまったのだ。


 閑話休題。


 そんなかつての経験が、警鐘を鳴らしていた。


 ――今回は諦メロン。


 ……と。

 だが、そう簡単に諦められるなら、百地も最初から相談などしてこまい。


「………………」


『私にとっては、初めてのストーリーイベント。記念として、是非、上位報酬を手に入れたい』


 いつも通り無表情に……。

 しかしながら、いつもよりややお早くスマホタイピングを決めた百地が、そう言って俺のことをじっ……と見てきたのだ。


「確認だが、今回の上位報酬アイドルを担当に決めたわけじゃないんだな?」


「………………」


 横から俺の顔を見上げつつ、百地がうなずく。


『どのアイドルも魅力的。まだ特定の誰かには決められない』


「そうか……。

 嘘でも担当だと言えば、俺が反対しないと分かった上で、正直にそう言ったのはいいことだ。

 だから、分かるな?

 担当アイドルが報酬なわけでもないのに、走るのはやめとけ。

 とりわけ、今回は」


「………………」


 百地が、表情は変えないまでも小首をかしげる。

 そして、こう聞いてきたのだ。


『その、今回は、というのが分からない。どうして?』


 同時に押されるのは、ラーメン大好きお姫ちんが「…!?」としているスタンプであった。

 ここら辺は、解説が必要だな。


「理由は、いくつかある。

 第一に、今回の楽曲が、記念すべきゲーム実装三百曲目だということ。

 そして、二つ目は、今回の上位報酬アイドルが、屈指の人気者だということだ。これが大きい」


 まず、ストーリーイベントで得られる報酬には、上位と下位の概念がある。

 といっても、性能的な差が大きいとか、そういう意味ではない。

 上位報酬を得るには、下位報酬より少しばかり多めのポイントが必要になるだけだ。

 どっちにしろ、一日十五分もプレイ……それも、オートチケットを使っての放置プレイで獲得できるので、気にする必要はない。

 通常ならば、だが……。


 実は、上位報酬に関しては、ある特別な仕様があった。

 それは……。


「君の狙いは、ポイントランキング2500位以内に入賞すると得られるアナザー衣装だろう?

 今回は、恐ろしい数のプロデューサーがそれを狙ってくるぞ。

 競争率が、高すぎる」


 ――アナザー衣装。


 このゲームにおけるストーリーイベントは、ポイントを積み立てることで、イベント出演アイドルに着せられる衣装を獲得できる。

 そして、先ほどの上位報酬アイドルに関しては、ポイントランキング2500位以内へ入ることで、通常とは配色や装飾の異なる衣装……。

 アナザー衣装と呼ばれるそれが、手に入るのだ。


 言ってしまえば、がんばった者にのみ得られる目玉報酬だな。

 みんな、それを欲しがる。

 とりわけ、報酬が担当アイドルの者は……。


「当然だが、五十二人のアイドル全てが平等な人気を誇るわけじゃない。

 担当プロデューサーの多いアイドルと少ないアイドルは、明確に分かれている。当然、皆が魅力的なんだけどな。

 で、今回の上位報酬である彼女は……担当しているプロデューサーが非常に多い。

 それに対して、スタミナもドリンクも絶対的に不足している君が、挑もうというんだ。

 金がかかる。

 何より、時間を食い過ぎる。

 イベント期間中は、生活がゲームに支配されてしまうぞ?」


 これは、心からの忠告だ。

 ソシャゲは、隙間時間に楽しむもの……。

 それに生活を支配されてしまうなど、ナンセンスの極みといえよう。


「………………」


 だが、百地はそんな俺の反対を受けても、いつも通り表情ひとつ変えず……。

 どころか、今回はチャットすらせず、ただただ、俺の顔を見つめてきたのである。

 真っ直ぐに。

 じーっと。


「………………」


 お前、それは卑怯だぞ。


「……分かった。

 今のを聞いた上でやるっていうなら、反対はしない。

 それだけじゃないな。

 応援するし、アドバイスするよ」


 俺が嘆息と共にそう告げると、百地は始まりのアイドルが「がんばりましょう」と、笑顔で告げるスタンプを押してきたのだった。

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