距離
ひょっとしたら、何かの法律で設置が義務付けられているのだろうか?
大型の複合商業施設内というのは、誰でも利用できるベンチなどが点在しているものであり、ふと、疲れを感じた時などに、客が休めるようになっているものだ。
そして、そこには自販機なども併設されているのが恒例であり、疲れてひと休みしたい客に対するホスピタリティと、小銭を巻き上げる機会は見逃さない商魂とが、合わせて感じられた。
百地が座っているのは、そんな商業施設内の小休憩所と呼ぶべき場所である。
一方、俺の方はどうしているかといえば……。
その休憩所をうかがうことのできるアパレルショップ内で、客のふりしながらスマホを眺めていた。
無論、これは百地に対し、ストーキング行為を働いているわけではない。
れっきとした、待ち合わせである。
俺と百地との直線距離は、目測にして十五メートルほど。
互いに視線を向けることはなく、会話はゲームのラウンジ越しだ。
しかし、これはまぎれもなく……待ち合わせなのである。
まあ、普通ならこう思うだろう。
――待ち合わせなら、そこらのファストフードにでも入ればよくね?
……と。
俺も、まったくもって同意見だ。
何が悲しくて、依頼人とコンタクトするゴルゴ13みたいなことをしなければならないのか。
しかし、これには理由があるのであった。
『なあ、もう一度言うけど、そこらのハンバーガー屋とかじゃ駄目なのか?』
『駄目。ああいった場所は、同じ学校のリア充たちがたむろしている。近づいただけで、動悸が起こる』
……だそうです。
振り返れば、先日も、同じ学校の生徒とエンカウントするのが怖くて、吉祥寺まで行ったわけだしな。
ただ、それだとひとつ、納得いかないことがあるのも事実。
『まあ、それはいいとして、どうして俺とまで距離を置かなきゃいけないんだ? 吉祥寺へ行く時は、同じ電車だったろう?』
このことだ。
まあ、リア充が怖いというのなら、それは別に構わない。
しかし、それは俺と、物理的な距離を取る理由にはならないはずである。
何しろ、先日は放課後を迎えるなり、二人揃って駅へ向かい、電車では隣り合って座っていたのだから。
なんなら、吉祥寺では手だってつないでいたくらいだ。
『それは……』
百地は、しばし、考え込んだようだったが。
『マンダムPに迷惑をかけないため。私の家を知ってる生徒が、いないとも限らない。電車でなら、たまたま居合わせたと言い訳も立つ』
そういう、ことか……。
同じ駅に向かう人間なんて、山程存在した。
当然、同じ学校の生徒同士で隣り合うなど、日常茶飯事である。
まして、百地は俺とコミュニケーションする際は、ゲームのラウンジ越しであった。
一見して、連れであると見抜くのは困難だろう。
吉祥寺へ向かう際に、俺の方は肉声で話しかけていたが、あの時はもう、我が校の通学圏内からだいぶ離れていたしな。
連れのように振る舞っても、問題のない状況だったわけだ。
逆に、それ以外の状況で話しかけたりしたら、ラウンジ経由でやめるよう言われていたかもしれない。
それにしても、『私の家を知ってる生徒が、いないとも限らない』か……。
気遣いはありがたいが、しかし、水臭さも感じてしまう。
だから、俺はチャットでこう告げたのだ。
『別に、俺の方は今更気にしないぜ。親がヤ……だから、なんていう人とは、こっちから距離を置いてやればいい』
これは、偽らざる本音である。
『君んちは家業が家業だから、どうしたってそういう人は出てくるし、それを責めることもできない。だから不干渉が一番だ』
そりゃあ、ヤクザ屋さんは怖いし、そのお子さんとは距離も置きたくなるだろうさ。
子が親を選べるわけではなく、親の責を子に問えるわけもないとはいえ、反社会的勢力の子供に生まれた身として、それは避けられない宿命だろう。
だから、距離を置いて不干渉だ。
そもそも、通常の対人関係においてだって、どうしたって仲良くできない相手はいるものである。
別段、仕事で付き合っているわけでもないんだし、極力、関わり合いにならないようにすれば、相手もこっちも、嫌な思いをせずに済むのであった。
『俺としては、ひそひそと陰口を叩かれたりするよりも、ももちーPと直接やり取りできない方がダメージ大きいな』
そこまで告げた後、熱血系アイドル二人が「重要!」と言っているスタンプを押す。
果たして、俺の心は伝わっただろうか……。
ちらりと、休憩所の百地を見る。
頼むぞ、百地。分かってくれ……。
買う意思がないどころか、冷やかしですらないのに、お客さんヅラかましてお店の中でスマホいじり続けるのは、精神的にちょっと辛いのだ。
というか、さっきから店員さんが何か服を勧めようとして、俺の方をチラッチラとうかがっているのだ。
分かるか……! 百地よ……!
しばらく、考えた後。
百地は、何やらスマホに入力をした。
ラウンジを見れば、箱入りお嬢様アイドルが「ありがとう」と言いながら、ハートを散りばめるスタンプ。
どうやら、俺の意見は受け入れられたようであり……。
俺は、もはや用のないアパレルショップから、さっそうと立ち去――。
「お客様、何かお悩みでしょうか?」
「あ、いや……ええと……」
――ろうとして、店員のお姉さんにとっ捕まった。
--
強い意志をもって「結構です」と言えばいい……。
頭では、理解している。
が、しょせん、そんなものは理屈であって、それを生業としているプロ相手に実行できるものではない。
まして、こちらは客でもないのに、長々と居座っちまった後ろめたさがあるのだ。
だから、ついつい口車に乗せられ、色々と試着とか試しちゃったり、最終的にTシャツ買っちゃったりしても、それは仕方がないことなのであった。
いやー、あの店員さん、オッパイでかいしかわいかったな。ははは。
と、いうわけで、二十分くらい百地に待ちぼうけさせてしまったわけだが……。
「すまない、百地。
ちょっと店員さんに捕まっちゃってさ」
『問題ない。未開放のメインコミュを見ていた』
少なくともチャットでは、このようなお許しを頂く。
そう、あくまで、チャットの中では、だ。
実際のところ、どう思っているのかは分からない。
だから、彼女の顔を見てみたのだが……。
「………………」
いつも通り、表情筋のお死にになられた表情。
怒ってるのか、そうでもないのか、これでは、うかがい知ることができない。
ただ一つ確かなのは、パチリとした瞳といい、きめ細やかな肌といい……彼女が、本当に抜群の美少女だということである。
ああ、本当に整った顔立ちだ。
こうして、十センチくらいの至近距離から眺めると、そのことがよーく分かった。
ただひとつ、分からないのが、だ……。
「それで、百地……。
どうして、こんなに距離が近いんだ?」
わざわざ、ベンチの上で正座となり……。
目線を俺に合わせて超至近距離から見つめてくる百地に、そう尋ねる。
なんなの? 真顔でじっと見つめられると、色々と置いといてちょっと怖いんだけど?
と、百地がいつもながらに見事なスマホタイプを決めた。
『マンダムPが気にしないって言ってくれたから、もう少し距離を近づけようと思って』
「刻め……!
そして、よしんば刻んだとしても、最終到達点はこうじゃねえ……!」
俺は彼女に、そうつっこんだのであった。
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