第4話、始まる高校生活①

 ――スマホの目覚ましが鳴っている。


 俺はぼんやりとした意識の中で、枕元に置いてあるはずのスマホを探して手を動かした。


 指で画面をタップしてアラームを止めた俺は、大きなあくびと共に身体を起こす。カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。


 寝ぼけ眼をこすりながら、ぼーっと天井を眺めていた。


「夢、じゃないよな……」


 昨日の出来事は全部夢のようだった。

 

 小学生の頃からずっと大好きだったユキと再会出来て、そんなユキの包帯の下は誰よりも可愛くて。


 それだけじゃない、両親の粋な計らいで俺はユキと同棲生活を送る事になって、昨日は本当にびっくりしていた。


 高校への入学祝いに、ユキが帰ってきた事を盛大に祝ってあげて――何もかもが夢のような一日で、本当に現実だったのかと不安になってしまう程の充実感だった。


 夢じゃなかった事を確かめたくて俺はふらりと立ち上がる。


 それから自室の扉を開けてリビングに向かった時だった。


 ――ふわりと漂うのは美味しそうな朝ごはんの匂い。その香りに俺は思わず足を止めてしまった。


 そしてキッチンの方を見れば、ふんふん♪と可愛い鼻歌を奏でながら料理をしている美少女の姿がある。

 

 水玉模様のエプロン姿。銀色の長い髪をポニーテールに結っていて、包丁を使って野菜を切り分けている。


 トントンと小気味の良い音を立てながら、その美少女は俺に気付く事なく楽しそうに調理を続けていた。


「ユキ……」


 俺の声に気付いたようで、ゆっくりとこちらを振り向いた。


 目が合った瞬間、俺の心臓は大きく跳ね上がる。


 彼女の澄んだ青い瞳に見つめられ、頬が熱くなっていくのを感じた。


「晴くん。おはようございます、今日も良い天気ですね」


 そう言って優しく微笑むユキ。


 俺の胸が高鳴り続ける。夢じゃなかった、昨日の出来事は紛れもない現実で、それが今も続いている事を実感した。


 俺はユキの笑顔に吸い込まれるように近付いていく。


 間近で見るユキの笑顔は、朝の日差しよりも暖かく感じられた。


「おはよう、ユキ。朝ご飯作ってくれてるのか?」

「はいっ。朝から晴くんの元気が出るようにって、腕によりをかけて作りました」


 既に殆どの料理は出来上がっていて、あとは盛り付けるだけといった感じだ。


 ユキはてきぱきと皿に料理を盛り付けて、それをテーブルへと運んでいった。


 俺はその後を追うようにして席に着く。


 炊きたての白いご飯、たくさんの具材が入ったお味噌汁、焼き加減が抜群な鮭の切り身に、新鮮な野菜を使ったサラダ。まんまるの目玉焼きは黄身がぷるんとしていて、見ているだけで食欲がそそられる。


 朝からこんなに豪華な食事を用意してくれるなんて、きっと早起きして用意してくれたに違いない。


 ユキの優しさが伝わってきて心が温かくなる。朝からなんて幸せなんだろう。


「では頂きましょう。晴くんっ」

「うん、そうだな。それじゃあ……」


 俺はユキと向かい合って「いただきます」と声を揃えた。


 それから箸を手に取ってまずはお味噌汁を口にする。するとお出汁の風味が口いっぱいに広がった。


 昨日もユキの味噌汁が美味しくて感動したが、今日の味噌汁も最高に美味しい。具沢山のお味噌汁を飲み干せば、身体の中からぽかぽかと温まっていく。これは毎日飲みたいやつだ。


 次に焼き鮭を食べてみれば、皮はパリッと香ばしく焼かれていて、身の方はジューシーで味が染み込んでいる。塩加減も抜群でご飯が進んだ。


 目玉焼きは黄身が絶妙な半熟具合で、箸で割るととろりとした中身が溢れてくる。ここに醤油をかけるとめちゃくちゃ美味いんだよな。

 

 サラダはしゃきしゃきとしていて新鮮さが感じられる。ドレッシングも手作りでさっぱりした酸味に胡椒が効いていた。


 ユキが作ってくれた朝食はどれも最高で、これから毎日ユキの手料理が食べられるなんて幸せすぎる。


 お椀から顔を上げてユキを見ると、彼女は嬉しそうに目を細めて俺を見つめていた。


 その表情が可愛くて、俺はまた胸がドキドキしてしまう。


 ユキは俺の視線に気付くとぽっと頬を赤らめて、俯きがちに呟いた。


「あ、あの……どうでしょうか? 晴くんのお口に、合いましたか?」


「美味すぎて感動してる。昨日も味噌汁を飲んだ時に思ったけどさ、ユキの作る料理って最高に美味しいんだ。それに俺の為に一生懸命に作ってくれたんだと思うと嬉しくて」


「……えへへ、良かったです。わたしは晴くんの喜ぶ顔を見られる事が何よりのご褒美なので、たくさん食べてくださいね」


 俺が喜ぶ事が自分にとってのご褒美だと照れながらユキは言う。


 ユキの想いが嬉しくて胸はいっぱいになり、美味しい食事でお腹まで満たされていく。


 そうして朝の時間を俺はユキと一緒に堪能するのだった。

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