第10話、ダブルデート④

「ふわー美味しかった! フルーツたっぷりのパフェって最高だねーっ!」

「千夏、お腹いっぱいになれたかい? 晴と渚沙ちゃんもどうだったかな?」


「ああ、かなり満足出来たよ。フルーツパフェとチョコパフェ、どっちもボリューム満点で味も良かった」

「わたしもすごく楽しめました。晴くんパフェをシェアして食べましたけど、どちらも甘くて……幸せな時間を過ごせましたよ」


 ユキはちらりと俺の顔を見てから頬を赤らめてはにかむ。テーブルの下で秘密のやり取りをしながら食べたパフェは甘くて、それを二人でシェアしながら食べるのは更に甘いひとときだった。


 食後のデザートを綺麗に食べ終えて、会計を済ませた俺達は既に喫茶店を出ている。


 お腹はいっぱいで大満足、みんなが笑顔で楽しい時間を過ごす事が出来た。


 これからの予定はこの辺りでも一番大きいショッピングモールに足を運んで、そこで服屋を見て回ったり、雑貨屋で小物類を眺めたり、ウィンドウショッピングを楽しむ事になっている。


「ねえねえ、あっきー。ショッピングモール着いたらまずは雑貨屋さん行かない? あたし、ちょっと見たいものがあるんだよねー!」

「うん、いいんじゃないかな。晴と渚沙ちゃんも行きたい所があったらどんどん言ってくれていいからね」


「俺達はとりあえず着いていくよ。ウィンドウショッピングってあんまりした事ないからさ」

「わたしもです。だから今日は楽しみで」


「そっか、じゃあ僕らに着いてきて。千夏との買い物で何度も来てるから、おすすめのお店とか案内するよ」

「うんうんっ。あたしとあっきーはショッピングモールでのデート極めてるから、晴っちとユキりんをエスコートしちゃうよー」


 得意げな顔で千夏はウインクをして見せる。


 秋也と千夏は中学の頃からずっと付き合っていて、毎週のように二人で一緒に出かけているらしい。ショッピングモールでの買い物は秋也と千夏のデートの定番になっているそうだ。


 一方で俺とユキは小学校の卒業と同時に離れ離れになった事もあって、高校生の男女がするようなデートの経験が全くない。


 俺達の思い出の中にあるのは、公園で遊んだり、家でゲームして過ごしたり、家族に連れられて遠出をしたくらいなもの。


 けれど俺もユキを連れて二人きりの大人っぽいデートをいつかしてみたいと思っていて、秋也と千夏によるエスコートというのはとても参考になるはずなのだ。


 そんなわけで俺とユキは千夏と秋也の後をついていき、次の目的地であるショッピングモールへと向かう。


「えへへ、ショッピングモールでのお買い物。すごく楽しみですね、晴くん」


 隣を歩くユキは俺を見上げながら声を弾ませる。肩が触れ合う程の距離で並んで歩き、その瞳は期待に満ちていた。


「ユキとの付き合いは長いけど、あんまりこういう機会はなかったからな。俺もわくわくしてるよ」


「わたし、こうして晴くんとお出かけするのずっと憧れていたんです。海外の病院にいた時も、ベッドの上で窓から見える景色を眺めながら、晴くんと一緒に何処かへお出かけしたいなってずっと思っていて」


「そっか。俺もだよ。中学の頃は机にかじりつくように勉強しながら、ユキと一緒に遊ぶ光景をずっと想像してた。それで高校受験を頑張って合格して、ユキと再会出来て、今こうしてその光景が現実になったのが本当に嬉しいんだ」

 

「これからも二人でお出かけして、いろんな所に行きましょうね。その為にも秋也さんと千夏さんのデートを参考にして、もっとたくさんの事を覚えたいです」


「ああ。二人はこういうの慣れてるからな。俺とユキは初心者みたいなものだし、今回は勉強も兼ねて秋也と千夏についていこう」


 俺とユキも二人みたいにお洒落なデートをたくさん経験していきたい。離れ離れになっていた時間を、少しずつ取り戻していくように。たくさんの思い出を積み重ねていけるように。


 改めて決意を固めていると、俺達の前を歩く秋也と千夏の二人がぎゅっと手を繋いでいるのが見えた。


 千夏の左手を秋也が右の手で握り、互いの指を絡めてしっかりと恋人繋ぎをしている。


 楽しく笑い合いながら自然と手を繋ぐ様子は、二人の関係の深さが垣間見えるようで微笑ましい。


 ユキはその後ろ姿を見つめながら、ぽうと頬を赤く染めてもじもじと体を揺らしていた。


 羨ましそうに繋がれた手をじっと見ていて、ちらりと俺の方へ視線を向けたと思うと、恥ずかしそうに目を逸らしてしまう。


 そんなユキの姿を見ているだけで、今何をしたいのか手に取るように分かってしまった。


 俺は少し悪戯っぽく微笑んだ後、指先でちょんちょんと彼女の左手の指でつつく。


「あの二人、本当に仲良いよな。恋人繋ぎしてるし、ずっと見つめ合ってるしさ」


 その言葉にユキはこくこくと小さく首を縦に振った。


「は、はい……。秋也さんと千夏さん、周りに人がいるのに堂々としていて、自然と手を繋げるのって……素敵だなって思いました」


 ユキは恥ずかしがり屋で照れ屋さんだ。二人きりの時はたくさん甘えてくれるけど、周りに誰かがいる時は控えてしまう事が多い。


 それでも甘えたい気持ちが抑えきれなくなって、さっきはテーブルの下でこっそりと俺に手を差し出してきた。


 そして今も秋也と千夏の二人が手を繋いで仲良くする姿が羨ましくて、俺と手を繋ぎながら甘えたいという気持ちが溢れてしまったのだと思う。


 ユキはおずおずと俺の顔を上目遣いに見つめる。手を繋げば周りの人に見られてしまう羞恥心と、俺に甘えたい欲求の間で揺れ動いていた。


「ユキの考えている事、分かるかも。秋也と千夏みたいに、手を繋いで歩きたいんだよな?」

「……っ。わ、分かっちゃいますか……? わたし何にも言ってないのに……」


「ユキは言いたい事が顔に出るからさ。包帯を巻いていた時でも分かりやすかったんだ、今はなおさらだよ」

「は……恥ずかしい、です。わ、わたし、晴くんともっと仲良しになりたいって思っていたから……つい我慢できなくなっちゃいました」


「でも隠すものがないから躊躇してるんだよな。さっきはテーブルの下だったし、誰にも見られる心配がなかったから」

「……はい。ぎゅってしたいけど、見られちゃうの恥ずかしくて……わたしどうしたらいいのか、分からなくなって……」


 ユキは消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。

 そんな彼女を安心させる為に、俺は優しく微笑みかけた。


「ユキ、大丈夫。ほら、手を出して」

「で、でも……」


「初めは恥ずかしいかもしれないけど、一度でも乗り越えたら、いつだって手を繋いで歩けるようになるはずさ」

「晴くん……」


「それに俺だって秋也と千夏みたいに、ユキと手を繋いで歩きたいんだ。ユキと一緒にいられる幸せを、もっともっと感じていたい。だからさ、ちょっとだけ勇気を出してみよう。俺も頑張るから」


 俺は澄んだ青い瞳を真っ直ぐに捉えて語りかける。包帯を巻いていたユキと一緒にいた頃も、こうやって何度も彼女の背中を押していた。


そしてユキはあの頃と同じように耳まで真っ赤に染めて、俯きがちになりながら、その言葉にこくりと頷く。


 上目遣いで、とても可愛い表情を浮かべて、ユキは俺の想いに応えてくれるのだ。


「わ、わたしも、晴くんと……手を繋ぎたい、です。ず、ず、ずっと憧れていました。晴くんと手を繋いで、仲良しな所を見せびらかして、恋人繋ぎをして、デートをするのが……っ」


 ユキは右手を俺に差し出す。その小さな手は微かに震えていた。


 緊張してるんだろうな。俺も心臓がばくばくして、口から飛び出してしまいそうだ。でもそれ以上にユキと手を繋いで歩く喜びの方が強く感じられて、胸の奥が熱くなる。


 だから俺は差し出されたユキの手を取って、ぎゅっと握りしめた。ユキも俺の手を握り返してくれて、俺の指に細くて柔らかい感触が絡みつく。


 それは指と指を絡めた恋人繋ぎ。


 テーブルの下の秘密のやり取りではなく、人目のある所で俺達は堂々と手を繋いだ。優しい温もりが伝わってきて、嬉しくて幸せな気持ちになる。


「ありがとう、ユキ。俺もずっとこうしたかった」

「え、えへへ……。みんなに見られてるのに、は、晴くんと恋人繋ぎしちゃいました……。すごく恥ずかしいけど、嬉しくてふにゃふにゃになっちゃいます……」


 ユキは恥ずかしがりながらも、ぎゅっと強く俺の手を握り返してくる。頬を染めながらはにかんで、俺に笑顔を見せてくれた。それがたまらなく可愛らしく思えて、愛おしさがこみ上げる。


「こ、これからもいっぱい……手を繋いでくださいね。晴くんと手を繋ぎながら、一緒にお出かけしたり、お買い物をしたりして、たくさん思い出を作りたいです」


「ああ。これから二人でいっぱいの思い出を積み重ねていけるように、色んなところに行こうな。その時もぎゅって手を繋いでさ」

 

 俺とユキは指を絡めて、肩を寄せ合いながら、優しくて穏やかな笑みを交わし合う。


 恥ずかしさと嬉しさが混じり合って、甘い熱が全身に帯びていく。俺とユキの顔はリンゴのように赤く染まっているけれど、やっぱり嬉しさが何よりも勝っていた。


 そんな俺達の様子に気付いたのか、前を歩いていた秋也と千夏が手を握りながら振り返る。


 二人は俺達の繋がれた手を見て、にっこりと爽やかな笑みを見せた。


「晴と渚沙ちゃん、手を繋いだんだね。ようやくダブルデートっぽくなってきた感じで嬉しいな」

「晴っちとユキりん、尊いよー! 見てるだけで癒されるもんっ」


 秋也と千夏の二人から見られて余計に恥ずかしくなってしまったけれど、それでもユキと繋いだ手が離れる事はない。


 むしろ互いをより求めるように、より深く絡まっていく。


「恥ずかしいけど……幸せだな」

「は、はい。緊張しますけど……甘くてドキドキして、温かい気持ちになれます」


 俺とユキは見つめ合って、照れ笑いしながら手を繋いで歩き出す。

 

 次の目的地であるショッピングモールに着いても、俺とユキの手が離れる事はなかった。

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