第10話、ダブルデート⑤

 休日のショッピングモールの中は人でごった返していた。まるで満員電車のように、何処を見ても人だらけで目が回りそうになる。


「凄い人の数ですね……。わわっ、人がぶつかっちゃいますよ……」

「ユキ、こっち。危ないから」


 俺はユキの小さな肩を抱き寄せて、人の波から庇うように壁際へ誘導する。


 ただでさえ背が低くて小柄なユキだ。

 人の波に紛れたらすぐに見失ってしまうだろう。


 それにぶつかって怪我をしないか心配だし、俺はユキを抱き寄せたまま人にぶつからないように守っていく。


 そんな俺をユキは頬を赤くしながら見上げていて、繋いでいた手をぎゅっと強く握り返してくる。


「はぐれないように気を付けないとな。ユキ、手離したらだめだから」

「は、はい……っ。晴くんも手、離さないでくださいね……?」

「もちろん。ユキが迷子にならないよう、しっかり握っておくから」


 ユキは人混みの多さに驚いているようで、きょろきょろと周りを見ながら目を丸くしていた。


 人前でくっついている恥ずかしさよりもはぐれてしまう方が怖くて仕方ないのか、ぴたりと身体を寄せながら指を絡ませて、離れないようにとしっかり手を繋いでくれる。


「晴は本当に紳士的だよね。渚沙ちゃんを大切に想っているのが伝わってきて、とても素敵だと思うよ」

「あっきー、それすっごく分かる。晴っちのユキりんを見る優しい眼差しとか、人混みでの気遣いとか、見てるだけで心がほっこりするもん」


 秋也と千夏が俺達の様子を眺めながら、微笑ましい視線を向ける。


 二人の言葉にユキはますます顔を赤く染めて、恥ずかしそうに俯いてしまった。


 その反応がまた可愛くて、俺はくすっと笑みを零しながら秋也と千夏に言葉を返した。


「ユキはあんまり人混みとか得意じゃないからさ。ショッピングモールに来た事も殆どないし、迷子になったら困るから」

「だから晴、優しくしてあげてるんだ。さりげなく気遣ってあげるのが晴は上手だよね」


「あたしもあっきーにかっこよくエスコートされたいなー。晴っちみたいにさりげなく優しいの、羨ましいっ」

「うんうん。僕も晴を見習って千夏をエスコートしようかな。女の子を楽しませるのが男の甲斐性だしね」


「わ、あっきーイケメン! さすが!」

「ふふ、惚れ直したかい? じゃあまずは雑貨屋に行こう。晴と渚沙ちゃんもついてきて。今日は僕と千夏が案内するからさ」


 秋也は手を繋いで千夏をエスコートしながら、慣れた足取りで人混みの中を歩いていく。


 肩を寄せ合って仲睦まじく歩く二人の後ろ姿は、お似合いのカップルに見えて何だか少し羨ましい。


 何よりもデートに慣れている感じがして、大人のカップルに見えて憧れてしまう。


「晴くん、わたしたちも行きましょう」

「だな。見失ったら大変だし、雑貨屋さんでの買い物も楽しみだ」


 俺はユキの手を握り、はぐれないようしっかり手を繋いで二人の後を追いかける。


 そうして辿り着いた雑貨屋は、アクセサリーや小物を主に扱ったお店だった。


 店内は明るい照明が灯り、とても華やかな雰囲気だ。


 可愛らしいデザインの宝石がついたネックレスやブレスレット、綺麗な色の輝石をメインにあしらったピアスなど、若い女性向けの商品が多くて店内にはカップルや女性客の姿が多く見られる。


 ここは千夏からのリクエストで来たお店だ。

 なんでもアクセサリーが欲しいとか、スクールバッグに付けるキーホルダーが買いたいとかで、俺達は秋也と千夏に案内されるがままお店の中を歩いていく。


 ユキは店内の雰囲気に気圧されて、おずおずとした様子で周りの様子を伺っていた。


 それでも女の子なら誰もが欲しがる可愛いアクセサリーに目が止まって、徐々にその青い瞳がきらきらと輝き始める。


「こ、こういうお店……初めて入りました。わたし、ちょっとドキドキしています」

「だよな。俺も初めて入るから、なんか落ち着かないや」


「秋也さんと千夏さんは慣れてるみたいで、本当に凄いです。お二人とも、とてもかっこ良く見えます……」

「まあ二人はデート慣れしてるから。ショッピングモールの人混みの中でも動じてなかったし」


 秋也と千夏はアクセサリーを手に取りながら楽しそうに会話をしている。本当に慣れた感じで流れるような動きで商品を吟味していた。

 

 一方で俺達は初めて入る雑貨屋の雰囲気に緊張しつつ、飾られた商品を眺めていく。


「晴くん。可愛いものがいっぱいで、目移りしちゃいますね」

「ユキもやっぱりこういうの好きか? 俺、アクセサリーとか疎くてよく分からないんだ」

「はい、可愛いのは大好きですよ。あっ……このネックレス、素敵ですね」

 

 ユキは棚に飾られた猫のネックレスをじーっと見つめながら、ぽわぽわと頬を赤くして呟く。


 銀色のチェーンに猫の形のチャームが飾り付けられた可愛らしいネックレス。ピンクトルマリンという小さな宝石が埋め込まれていて、シルバーとピンクの組み合わせが清楚で可憐なユキに似合いそうだ。


 そのネックレスが気に入ったのか、ユキは羨ましそうに見つめていた。けれど値札が目に入った瞬間、小さなため息を吐いてしまう。


「可愛いし、綺麗だけど……。で、でも……こういうのはもっと大人になってから」

「ユキ、そのネックレス欲しいのか?」

「ひゃう!? え、えっと……その……」


 思い切って俺は後ろから声をかけると、ユキは小動物のようにびくっと体を震わせて、おどおどと俺を見上げてくる。


「す、すごく素敵だとは思ったのですが……高いので。一万四千円もして、わたしには手が出せません」


「そっか。ユキに似合いそうだと思ったけど、結構するんだな」


「はい。なので……やっぱり無理です。わたし、アクセサリーとか全然持ってないので……最初は千円くらいのものから、探そうと思います」


 ユキは名残惜しそうにネックレスを見つめた後、寂しそうにぽつりと呟く。


 高校生でバイトなどもしていない俺達にとって一万円は大金だ。親からのお小遣いしかない高校生の懐事情で買うのは少し厳しい。


 それでも俺としては何とかしてあげたい気持ちが強かった。

 

 包帯を顔に巻いていて、アクセサリーなど可愛いものとは縁のなかったユキ。


 高校生になって包帯を外した今もあの頃の生活が尾を引いているせいで、ユキはネックレスやイヤリングだとかおしゃれで可愛いものを持っていない。


 そんなユキが初めて欲しいと口にしたアクセサリーなのだ。


 幼い頃のユキを知る俺としても、その想いを叶えてあげたかった。


 だから俺は猫のネックレスを手に取った。


「晴くん、あっちのタワーラックの所に安めのアクセサリーが売っているみたいです。一緒に見に行きませ――あっ」


 ユキは俺の手元を見つめながら、驚いた様子で言葉を詰まらせる。あわあわと慌てた様子で俺の顔を覗き込んできた。目がぐるぐると回っているように見える。


「は、晴くん……その猫のネックレス。た、高いですから。棚に戻しておきましょう。ね? ねっ?」


 俺がユキの欲しがっていたネックレスを買おうとしている事に気が付いたのか、必死に俺を止めようとしていた。


「お金は俺が出すから買っていこうよ。このピンクトルマリンって石、10月の誕生石らしいんだ。ほら書いてある。ユキの誕生日が10月だから一緒だろ?」


「一緒ですけどだめ、です。た……高いですから。晴くんのお金なくなっちゃう……」


 ユキは困ったように眉尻を下げ、もじもじと俺の顔色を伺いながら遠慮がちに言葉を口にする。


 俺はユキの不安げな視線を受けながら、優しく微笑んで首を横に振った。


 今までずっとユキが我慢してきた事に比べれば、一万円のネックレスだって安いものなのだ。


「初めてのお買い物デートだしさ。こういう事もあるかなって思って、実は貯め込んでいたお年玉を持ってきたんだ」

「お、お年玉……ですか?」


 子供達が楽しみにしている新年最初のイベント、お正月。


 毎年俺の家にはたくさんの親戚が集まるので、その時に俺はお年玉を結構多めにもらっていた。


 ユキと離れ離れになっていた中学時代の三年間は勉強に熱中していたので、無駄遣いも全くせず貯まる一方だったのだ。


 それに俺の親はもらったお年玉を子供に管理させるタイプだったので、貯めていた分を全て自由に使う事が出来た。だからバイトはしていなくとも、高校生にしては使えるお金が結構ある方だと思っている。


「ずっと貯めてたんだ。欲しいものとかなかったし、使う機会もなかったからさ。このネックレスを買うお金は余裕で持ってきたし、何なら他に欲しいアクセサリーとかあったら言って欲しい」


「は、晴くんが大切に貯金していたお年玉です……。わたしの為に使うなんて……だめですよ」


「いいんだよ。むしろこのお年玉はユキを喜ばせる為にあったんじゃないかなって。今になってそう思うから、このネックレスもユキにプレゼントしたい」


「晴くん……でも……」


 俺は言い淀んでいるユキの頭をぽんぽんと撫でた。ユキは一瞬驚いたようにびくっと体を震わせるが、いつものようにぐりぐりと俺の手に頭を擦りつけてくる。


 甘えたい時のふにゃりとした表情を浮かべながら、とろんとした青い瞳で俺を見上げた。


「晴くんはどうしてそんなに優しいのですか……? いつもわたしを甘やかして、なでなでして、手を繋いでくれて。わたしのしたい事、して欲しい事を全部叶えてくれます。この猫のネックレスだって……」


「いつも言ってるだろ。俺はユキを甘やかすのが大好きなんだって。だから遠慮しないで受け取って欲しいんだ」


 ユキはしばらく俺の目を見つめた後、頬を赤らめて嬉しそうに口元を緩ませながら、こくりと小さく頷いた。


「晴くん、また甘やかしてください……。わたし、この猫のネックレスが欲しいです。晴くんが選んでくれたネックレス……わたしにください」

「分かったよ、ユキ。それじゃあレジに行くから付いてきて」


 俺はユキの柔らかい髪を撫でた後、猫のネックレスを持ってレジへと向かう。ユキは俺の手をぎゅっと握りながら、幸せそうな笑顔でついてきた。


 そうして会計を済ませた俺は、ユキに猫のネックレスをプレゼントする。


 ユキは生まれて初めてのネックレスを大事に抱きしめながら、屈託のない輝くような笑顔を浮かべてくれた。


「晴くん、ありがとうございます……。わたし、一生大切にします。晴くんがくれたネックレス、わたしにとって世界で一番の宝物です」

「そう言ってもらえて俺も嬉しいよ。ユキの笑顔が俺には一番の宝物だ」


「えへへ。わたし達、一番の宝物を交換したんですね、本当に嬉しい。あ、あの、早速付けてみてもいいですか? 晴くんに付けているところ、見てもらいたくて……」

「いいよ。付けてあげるから後ろ向いて?」

「は、はい。晴くん、お願いします」


 ユキは俺が差し出した手の上に、猫のネックレスを乗せてくれる。


 それから言われた通りにくるりと俺に背を向けてくれたので、俺はそっとユキの細い首に腕を回した。


 そして買ったばかりのネックレスをユキの首につけると、彼女は恥ずかしそうに照れながらも俺に可愛らしい笑顔を向けて喜んでくれた。


「どうですか? 晴くん、似合ってますか?」

「すごく可愛いよ。清楚で可憐なユキの雰囲気にぴったりで、とてもよく似合っている」


 猫の飾りとピンク色の宝石がユキの胸元で輝き、彼女の魅力をより一層際立たせていた。


 俺の言葉を聞いてユキは嬉しそうに顔を綻ばせると、ネックレスを大切そうに手で包み込む。


 まるで自分の体の一部になったかのように、ユキはネックレスを愛おしんで何度も触れていた。

 

 ちょうどその時、俺とユキを呼ぶ千夏の元気な声が聞こえてくる。


 どうやらキーホルダーを選んでいるようで、俺達の意見を参考にしたいみたいだ。手を振ってこちらに来るよう促している。


「ユキ行こっか。秋也と千夏も買い物するみたいだから、手伝ってあげよう」

「はい、晴くんっ。一緒に行きましょう」


 恋人繋ぎで互いの指先を絡ませた後、二人の方へ駆け寄っていく。


 きらきらと輝くネックレスが、俺とユキの歩調に合わせて優しく揺れ動いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る