第10話、ダブルデート③

「秋也のおすすめって話だったけど、これは確かに美味いな。このホットサンド絶品だ」

「具がたっぷりで美味しいですね。サラダもしゃきしゃきで、このドレッシングとの相性もばっちりです」


「晴と渚沙ちゃんが喜んでくれて良かったよ。食後のデザートも美味しいから楽しみにしていてね」

「あっきー、あたしまたこのお店に来たい。二人でデートする時にさ、また一緒に来ようよ!」


 千夏はこの喫茶店が大のお気に入りになった様子だった。


 木製の家具で統一された内装からは温かみが感じられて落ち着けるし、店内に響くジャズの音色は心地良い。


 千夏のお気に入りになるのも納得だし、俺とユキもこの店をとても気に入っている。

 

 ユキと二人でお出かけする時は、またこの喫茶店に来たいと思っていた。


 そうしてテーブルに並べられた料理に舌鼓を打ちながら、雑談にも花を咲かせて和やかな雰囲気で食事を進めていく。


 そんな中で千夏は元気いっぱいな声を響かせた。


「それにしてもっ、ユキりんってこうして間近で見るとほんとに綺麗っ……! どうなってるの、どうしたらこんな可愛い女の子が生まれて来るんだろ、凄すぎだよー!!」


 テーブルから身を乗り出して千夏はユキの事をじっと見つめている。


「このさっらさらの髪とかどんな手入れをしてるの? シャンプーは何使ってる? トリートメントは? ヘアオイルとかおすすめあったら教えて!」

「シャンプーやトリートメントは美容師さんが髪質に合ったものを選んでくれて、それを使っています。ヘアオイルもそうですね」


「へえ! やっぱり高いやつ?」

「市販品のものと比べるとずっと高いと思います」

「すごいなあ……ユキりんって何事も妥協がない感じがして」


 ユキを前にして千夏は興奮気味だった。

 テーブルの上に置かれていたユキの手を見て目を輝かせる。


「ほら、あっきー見て! ユキりんのおてて、もう芸術品だよこんなの!」

「ねえ千夏……あんまりはしゃいじゃ駄目だよ、渚沙ちゃんを困らせるような事は――」


「ねえねえユキりん、おてて触ってみてもいい?」

「構いませんよ、どうぞ」


 ユキは千夏の前に手を差し出した。


「うわわ……なにこの肌、すべすべしてる! すごすぎてあたしじゃ語彙力足りないよ、表現出来ない! 同じ人間の手じゃないみたい、天使のおててだよこんなの!」

「そう言ってもらえて嬉しいです。手のケアは特に気を遣っているので」


「どうしてどうして?」

「えと……それは……わたしの手が綺麗だって、好きだって言ってくれる方の為です……」

「なるほどねー、その人の為なんだ! いいなあ、褒めてくれる人の為に綺麗になろうって、そういう頑張り屋さんなとこすっごく良い!」


 千夏から褒められて照れるユキ。

 ちらりと俺の方に視線を向けてぽっと頬を染めている。


 その視線の意味を俺はよく分かっていた。


 ユキの手が綺麗だと、好きだと言ったのは紛れもなく俺だ。初めて会ったあの日、俺はユキの手を取ってそんな言葉を贈った事がある。


 今のユキの小さな手も小学生の頃と同じように、肌は滑らかで艶があって白く透き通るような美しさを保っている。切り揃えてある丸い爪は清潔感があってピンク色の真珠みたいに綺麗だった。


 俺に褒められたのをユキは覚えていて、今までずっと欠かさず手のケアを続けてきてくれたのだろう。そんな健気に頑張る姿はいじらしくて可愛らしい。


 またあの時のように褒めてあげたいな、なんて密かに思っていると、テーブルの下でユキが俺の太ももをつんと指でつついてきた。


 視線は千夏と秋也に向けられたままで今も楽しく談笑しているが、テーブルの下でユキは手の平を上にして、俺にその小さな手を差し出している。


 どうやらユキも俺との小学生時代のやり取りを思い出し、甘えたい気持ちが膨れ上がってしまったようだ。


「晴くん……」


 秋也と千夏の会話、それに店内に響くジャズがその呟きをかき消してしまうが、確かにその声は俺の耳に届いていた。


 それから言葉にはしないけれど俺への可愛いおねだりは続いている。


 俺は秋也と千夏の二人に気付かれないように視線で頷き、ユキのおねだりに応えてユキの手に自分の手を重ねた。


 俺の手よりも一回り小さい子供のような手を優しく包み込むように握ると、ユキは嬉しそうに口元を綻ばせる。


(本当にユキは可愛いな……)


 すべすべした指の間に俺の指を絡ませて優しく握り締める。それに応えるようにユキも指を絡めてくれた。こうして触れ合っているだけでも幸せで、ユキへの愛おしさで胸がいっぱいになっていく。


 もちろんそれは秋也と千夏の視界の外で、気付かれる事のない秘密のやり取り。


 時には互いの太ももをくっつけ合ったり、目が合うとユキはふにゃりと優しげな微笑みを浮かべるので、俺もそんなユキに優しく微笑み返す。


 そんな秘密のやり取りは、食後のデザートが運ばれて来てもしばらく続くのだった。

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