第8話、二人の夕食②

 帰宅後、俺はユキと一緒にキッチンに立っていた。


 銀色の髪をポニーテールにまとめたエプロン姿のユキの隣で、今はハンバーグの種をこねている。


 いつもなら夕食を作るのはユキに任せきりだったのだが、今日は俺も参加する事にした。


 球技大会で大活躍したユキを労ってあげたい気持ちもあったし、ユキと一緒に夕食を作りながら雑談に花を咲かせるなんていう日常にも憧れていたからだ。


「それにしてもハンバーグの作り方一つでもユキってこだわってるよな。氷水を入れた器とボウルを重ねて、ひき肉を冷やしながらこねるだなんてさ」


「こねている時に手の温度でお肉の脂が溶けちゃうので、こうやって冷やしながらこねると良いのです。それに予め塩を入れてから良くこねると、粘り気が出て割れにくくなるのですよ」


「へえー。毎日ユキの料理は食べてるけどさ、こういう工夫があったから何でも美味しかったんだな」


「晴くんが美味しい、って言ってくれるからわたしも頑張れます。それに今日は晴くんがお手伝いをしてくれるのが本当に嬉しくて、ものすごくやる気も出ちゃうっていうか。とっても楽しいんです」


 ユキはにこにこと微笑みながら、下ごしらえを終えたひき肉をハンバーグの形にしていく。


 俺もその隣でユキのやり方を真似ながら、ひき肉をふっくらとした楕円形に整えていった。


 ユキも楽しいと言ってくれたが俺も楽しい。俺の隣で微笑むユキが可愛いくて、そんな彼女と肩を並べて一緒に何かが出来るのはとても幸せなものだった。


 そして二人でハンバーグの準備を終えて、俺達の作ったハンバーグをユキが上手に焼いていく。部屋の中には美味しい匂いが漂っていた。


 完成した熱々のハンバーグの上にチーズを重ね、綺麗に切り分けた野菜と一緒にお皿に並べる。それからユキが作ってくれた特製デミグラスソースをかけて完成だ。


 あまりの美味そうな見た目に涎がこぼれそうになってしまう。


「見てください、晴くん。とっても美味しそうなハンバーグが出来ましたよ」

「凄いなこれ。焼き加減も抜群だし、デミグラスソースの香りが食欲をそそる……」


 ハンバーグの上にのせられたチーズがとろりととろけて、デミグラスソースから湯気と共に香りが立ち上っている。


 付け合わせの野菜も彩り豊かで食欲をそそる一品だ。


「晴くんが手伝ってくれたおかげで、今日はとっても素敵なディナーになりましたね」


「俺はハンバーグこねてただけだから、ほとんどユキのおかげだよ」


「そのこねる作業が大切なのです。晴くんが丁寧にやってくれたから、ハンバーグがふわふわに仕上がったんですよ」


「そっか。ハンバーグの作り方、教えてくれてありがとうな。ユキに褒めてもらえて嬉しいよ」


「えへへ。わたしも晴くんと一緒に美味しいお料理が作れて、幸せです」


 ユキは白い頬を朱色に染めながら柔らかく微笑む。小さな身体を寄せながら、俺の肩にはちょこんと頭をのせていた。


 上目遣いで俺を見上げるユキの瞳は穏やかな青色をしていて、俺と目が合うとふにゃりと頬を緩ませる。


 ユキのさらさらとした長い銀髪が、俺の腕を優しく撫でていた。それにくすぐったさを覚えながら俺もユキに微笑みを返す。


 こうして一緒に料理を作るのも幸せだし、二人でくっつきながらゆっくり過ごす時間は幸せなものだった。


 それからテーブルにお皿を並べて、向かい合いって夕食を食べ始める。


 ユキが作ってくれたハンバーグは俺が、俺の作ったハンバーグはユキがそれぞれ食べる。


 ユキの作ったものに比べると俺の作った方は不格好だったが、それでもユキは「とっても美味しいです」と満面の笑みを浮かべながら食べてくれた。


 そして俺が食べているユキ特製ハンバーグの方は形も整っていてらフォークで押すとじゅわ~と肉汁が溢れてくる。濃厚でコクのあるデミグラスソースとの相性が抜群だった。


 これなら何杯でもご飯をおかわり出来そうだ、肉汁溢れるハンバーグと白米の組み合わせは最高だ。


 ユキも珍しくご飯のおかわりをしていて、小さな口でぱくぱくと頬張っている。その表情は笑顔に満ち溢れていて、とても幸せそうだった。


「えへ、こんなに美味しいハンバーグは初めて食べました」


「俺も初めて食べた、こんなに美味しいハンバーグ。流石はユキの手作りだよな」


「それにこの後、大好きなプリンまで待ってるんですよ? こんなに幸せでいいのでしょうか、わたし」


「もちろん。今日はユキが頑張ったご褒美なんだから、どんどん幸せになってくれ」


「えへへ。晴くん、本当にありがとうございます」


 ユキは頬を緩ませながら、何度もハンバーグを口に運んでいる。


 その度に幸せそうに表情をとろけさせていて、俺はそんなユキを見て頬が緩んでしまうのだった。


 それから夕食を食べ終えた俺達は食後の片付けを済ませ、リビングのソファーに並んで座っていた。


 俺の隣に座るユキはいつものように俺の肩に頭を乗せて、こてんともたれかかっている。


「ユキ、ふにゃふにゃになってる。いっぱい食べてたもんな」

「こんなに幸せなご飯は初めてでしたから。晴くんは幸せですか?」


「ああ、俺も幸せだよ。ユキが隣に居て、一緒にご飯を食べられるのって本当に最高だ」

「えへへ……良かったです」


 ユキは嬉しそうに微笑むと、俺の腕をきゅっと掴んで身体を寄せてきた。するとユキの優しい温もりが俺に伝わってきて、女の子特有の甘い香りが俺を包み込んでいた。


 俺は甘えるユキの華奢な身体を優しく抱き寄せる。細い腰に腕を回して、互いの温もりをより感じられるように身体を寄せた。


 ユキは白い頬を朱色に染めながら俺を見上げる。


 長いまつ毛に縁取られた青い瞳は俺を見つめ、ユキのぷるんとした柔らかそうな桜色の唇が動いた。


「今日の晴くんはいつもよりいっぱい甘やかしてくれます。温かくて優しくて……今日もまたドキドキさせられちゃってますね」


「何度でも言うけど、俺はユキを甘やかすのが大好きだからな。今ですら甘やかし足りないくらいだ」


「まだ甘やかし足りない、ですか? わたし……晴くんからこれ以上甘やかされたら、きっとぐずぐずに溶けちゃいますよ……?」


「へえ。溶けてるユキってどんな感じなんだろう、気になるな。試していい?」


「だ、だめです……。恥ずかしいからだめ、です……」


 ユキは小さな手で俺の胸をきゅっと掴む。


 潤んだ青い瞳を恥ずかしそうに細めて首を横に振るユキが可愛くて仕方がない。


 こんな可愛い反応をしてダメと言われても説得力がないと言うか、むしろもっとやりたくなってしまう。


「もっと甘やかす為にも、デザートのプリンは俺が食べさせてあげようか。スプーンであーんって」


「そ、それはすごく魅力的ですけど……。今されたら、わたし……本当に溶けちゃうから」


「ふーん。それじゃあプリンは明日におあずけかな。残念だけど仕方ない」


「晴くんがいじわるします……わたしが断れないって知ってるくせに」


「うん、断れないって知ってる。プリン食べさせてあげるから、いっぱい甘えてくれ」


「晴くんのばか。溶けちゃったら、責任とって下さいね?」


 ユキは俺の胸に顔を埋めながら言う。


 その小さな顔は熱せられたかのように真っ赤になっていて、拗ねたように唇を突き出す表情が何とも可愛らしいというかずるい。


 俺の幼馴染は可愛すぎる。

 いくら甘やかしたとしても愛でたくなる気持ちは薄れそうにない。


「任せておけって。それじゃあ冷蔵庫の中のプリン取ってくるからいいこで待ってて」


「はい、いいこで待ってます……。あ、あの、すぐ戻ってきてくださいね?」


「冷蔵庫まで取りに行くだけだから。すぐ戻るよ、大丈夫」


 よっぽど俺から離れたくないらしい。赤い顔のまま名残惜しい様子で、ユキは俺の服の袖を掴んでいた。


 甘えんぼうの可愛いユキの頭をぽんぽんと撫でた後、俺はキッチンへと向かう。


 冷蔵庫で冷やしていたプリンとスプーンを手に取りながら、甘やかしすぎて溶けたユキがどんなふうになるのかを楽しみに思った。

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