第8話、二人の夕食①

 放課後の帰り道。


 細長い雲が茜色に色付いた空の下を、いつもより少しだけゆっくりとした足取りで歩く。


 その隣にはユキが居て、今日の球技大会の活躍を俺に褒められる度に、彼女は照れながらも嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 今日は本当に楽しい一日だったのを思い出す。


 俺のクラスはユキの活躍によってバレーの試合で優勝し、彼女がクラスを代表して登壇しトロフィーを受け取る姿には感動した。


 そして多くの人達から褒められる中で、俺と目が合った瞬間にユキが浮かべた表情の変化。


 周りの人達に見せる清楚な笑顔ではなく、俺にだけは包帯を巻いていたあの頃と同じ純粋無垢な満面の笑みを見せてくれる。


 それが何だか愛おしく思えて俺は嬉しかった。


 俺はちらりと横目で、隣を歩くユキを見る。


 するとその視線に気が付いたのか、ユキもこちらを見て微笑んだ。


 長いまつ毛が揺れる瞼の奥で、青い瞳がきらきらと輝いていた。


「ねえ、晴くん。今日は何が食べたいですか? 今日は球技大会でしたし、美味しいものをと思ったのですが」

「そうだなあ……ユキが作ってくれる料理は何でも美味しいから、悩むな……」

「えへへ。晴くんのリクエストなら何でも頑張っちゃいます」


ユキの作る料理はどれも俺好みの味付けだ。


 毎日作ってくれる健康的で彩り豊かな朝食に、お昼の弁当は飽きが決して来ないように違う料理が毎食ごとに詰められて、夕食になると豪華な食事がテーブルに並ぶ。


 それでいて俺の健康を気遣ってくれて、栄養が偏らないようにお肉から野菜からバランス良く食材を選んでくれていた。


 とても優しくて頼れる存在で、俺はユキにひたすら感謝した。


 そうして二人で話をしながら今日の夕食のメニューが決まる。

 

 内容はデミグラスソースをかけて食べる特製の手ごねハンバーグ。と言っても冷蔵庫にはひき肉やら他の材料が無かった為、これから買いにスーパーへ向かう事になった。


 夕焼け空の道を進む。見えてきたのは全国チェーンの大きなスーパーだ。


 多くの人が集まる店の中に俺とユキは並んで入っていく。


 自動ドアをくぐると真っ先にユキが買い物カゴを持とうとしていた。その姿を見て俺は慌てて彼女の白くて小さな手を取った。


「晴くん、どうしました?」

「色々と買い物をしようと思ってるし、ユキに重たいものを持たせるわけにはいかないから」


「そんな。大丈夫ですよ、これも晴くんへの恩返しです。重いものなんて平気です」

「ユキに重いものを持たせる方が心苦しいっていうか、それくらいなら任せてくれよ。ユキみたいな可愛い女の子に重いものなんて持たせられないだろ?」


「も、もう……晴くんはいつもわたしを甘やかして。晴くんが優しすぎて、わたしの恩返しが追い付きません……。可愛いって褒めてくれるのも、嬉しいけど恥ずかしいんですよ?」


「ごめんな。でも本当に思ってる事だから。ユキの恩返しも嬉しいけど、それと同じくらいユキを甘やかすのも好きなんだよ。だからほら、買い物カゴ貸して?」


「そんな事言われたら、顔がふにゃふにゃになっちゃうじゃないですか……。は、晴くんは本当にずるい、です」

 

 ユキはそっぽを向きながら俺へとカゴを手渡した。銀色の髪の隙間から見えた耳に朱色が差していて、良く見てみれば頬も赤くなっている。


 高校生になってユキの成長を色々と感じていたが、恥ずかしがり屋で照れ屋なところは包帯を巻いていたあの頃と何ら変わらない。


 小学生の時もユキの笑顔が見たくて、真っ直ぐな気持ちを伝えていたのを思い出す。そんな俺の言葉に対して、幼かったユキも包帯の下で今と同じような反応をしていた。


 照れているユキはとても愛おしい。けれどこうしていると買い物が進まないわけで、俺は照れるユキを連れてスーパーの中へと進んでいった。


 今日はハンバーグの材料だけ買っていくつもりだったが、せっかくの機会なので他にも色々と買っていく事にする。


 俺はユキと明日以降のメニューの相談もしながら、食材を買い物カゴへと入れていく。


 その途中でユキは立ち止まる。


 何を見ているかと思えば、カラメルがたっぷり乗ったプリンに視線が釘付けになっていた。


 周りにはふわふわとした生クリームが添えられ、桃やさくらんぼ、キウイやマンゴーといった色とりどりのフルーツで彩られている。


 一個600円もするが値段に見合ったボリューム感と、見た目の贅沢さから美味しそうなのが伝わってきた。


 その宝石のように輝く美しい色彩を見つめるユキは、澄んだ青い瞳をきらきらと輝かせていて小さな口を半開きにしている。


 ユキは小学生の頃も甘いものに目がなかった。プリンを前にして恍惚とした表情を浮かべる姿が可愛らしくて、俺は思わず小さく笑ってしまう。


「ユキってちっちゃい頃もプリン好きだったよな。これ、買って行こうか?」


 俺がそう言うとユキは慌てて口を閉じて首を横に振った。


「だ、だめです……。 食費は晴くんと折半ですから、無駄遣いは出来ません。お夕食の材料を買っている最中なので、ちゃんと我慢してその分を晴くんが食べたいものに――」


「おねだりしたっていいんだぞ? 俺はユキに好きなものを我慢してほしくない。食べたいものがあれば遠慮せずに言って欲しい」


「で、ですが……」


 ユキはもじもじとしながら小さな声で呟いた。


 何とか理由を付けて遠慮しようとしているが、俺の腕は既にプリンの入ったパックに伸びていた。


「はい、買った。食後のデザートに食べような、ユキ」


「だ、だめですよ。そのプリン、すごく高いので棚に戻してくだ――あっ、カゴの中に……!」


「球技大会でユキが頑張ったご褒美だから、お金も俺が出すよ。だから心配しなくていい。今日は俺、ユキをめいっぱい甘やかすって決めてるから」


「もう……晴くんのばか」


 ユキは耳まで真っ赤にして、俯きながら俺の服の袖をきゅっと掴む。


 時々ちらりと俺を見上げて、またすぐに視線を下に逸らすを繰り返していた。


 恥ずかしがりながらも嬉しそうに緩んだ頬を隠すユキはとても可愛い。


 本当にこういう所は小さな時から変わってなくて、懐かしさを感じるのと同時に微笑ましくもなった。


 ユキと一緒ならスーパーでの買い物だって楽しくて仕方ない。


 俺はユキの手を引きながら、夕暮れ時の二人の買い物を満喫するのだった。

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