第7話、球技大会
うちの高校で入学式の次に行われる大きな行事。
それは『球技大会』である。
男女別々のクラス対抗戦で、今年は男子がサッカーとバスケットボール、女子はバレーボールとソフトボールのチームを作って競い合う事になっている。
俺はサッカーのチームに選出され、ユキはバレーボールに参加する事が決まった。
見知って間もない新入生達が同じクラスメイト達と球技を通して親睦を深め、上級生達も新たに編成されたクラスに慣れる為、球技大会を通して協力し合う事で人間関係を育んでいく為のきっかけになって欲しいと、そういう目的があるらしい。
そして今、ちょうど俺のクラスのバレーの試合が行われているのだが、体育館は観客で溢れかえっていた。
もちろん観客達のお目当てはユキだ。天使のように可愛らしくて、それでいて抜群の運動神経を持つ彼女の活躍に生徒達は魅入っていた。
打ち込まれたサーブをレシーブする生徒、そのボールは綺麗にトスされ、浮かび上がったボール目掛けてユキが力強く跳び上がる。
ポニーテールにまとめている艶やかな銀色の髪が揺れ、たわわに実った胸が大きく跳ねた。ユキのその姿に男子達の視線は釘付けになる。
対戦チームはネット越しに何枚ものブロックを重ねるが、華麗なフォームから繰り出されるユキのスパイクは、そのブロックを貫いて得点をもぎ取った。
体育館に歓声が沸き上がる。チームの仲間達と清々しい汗を流しながらハイタッチを交わす体操着姿のユキを、俺は友人達と共に観客席の隅っこから静かに眺めていた。
「あっきー、晴っち、見た見た!? 渚沙さんすごいよ!」
「いやー素晴らしいね。ジャンプした瞬間の渚沙ちゃんのゆるふわおっぱい、最高だよ」
「は? あっきー、おっぱいしか見てないの? 眼科行った方がいいよ」
「じゃあ千夏はどこ見てるんだい?」
「もちろんおしり。ぷるんって揺れるよね、渚沙さんのでっかいおしり。腰つきがえっちだぁ」
「……お前ら二人揃って眼科行け」
俺は隣ではしゃぐ秋也と千夏の二人に向けて、大きな溜息と共にジト目を向ける。
バレーの試合の応援でユキの胸とお尻にしか目が行かない秋也と千夏。二人揃うと本当にロクな事しか言わないなと、俺は呆れたように顔をしかめた。
「そっちじゃなくて、ユキの華麗なスパイクに見惚れて欲しいんだけどな」
「あはは、ごめんね晴っち。あたしとあっきー、現実逃避したい気分だから許して?」
「全くだね。僕のバスケチームはボロ負け、千夏もソフトボールの試合でコールド負けだろ? 現実から目を逸したくなっても仕方ないよ、これは」
「そそっ。だからこうして渚沙さんの可愛いとこを眺めてるんだー。眼福、眼福ー!」
秋也のバスケチームは三年生のチームに惨敗、千夏のソフトボールのチームもズタボロに負かされ、二人は不貞腐れていたのだ。
球技大会はトーナメント制で負けるとやる事がなくなる。だから二人とも応援側に回り、遠い目をしながらコートの上で活躍するユキの姿を眺めていた。
「晴、そっちはどうだったんだい? サッカーの試合出てたけど、楽勝だったでしょ」
「まさか、こっちもボロボロだよ。サッカー部のエース率いる二年生チームにボコされた。ハットトリック決められて正直泣きそう」
「晴もこっち側だったか。よしよし、僕らが慰めてあげよう」
「うんうん、晴っち。あたし達みんな仲間だよ。渚沙さんの可愛い姿を見て癒されようね」
秋也と千夏の二人が、俺の肩を叩いて慰めてくれる。
それよりも俺としては頑張っているユキの試合を応援して欲しいところだ。
他の生徒は真面目に応援していて、ユキの輝かしい活躍に見惚れては黄色い声援を送っている。
体育館の至る所からユキを褒め称える声が聞こえてきて、それが自分の事のように嬉しかった。
包帯を巻いていた時、ユキは体育の授業を全部見学していた。
小学生の時にユキが走り回って体を動かすというのは見た事がなくて、彼女が運動神経抜群だったなんて知らなかった。
小学生の頃も本当はみんなと一緒に体育の授業に参加して、色んな事をしてみたかったんだと思えて、それがようやく叶う姿を見れた事がとても嬉しかった。
それにユキも嬉しいはずだ。
本当は運動が得意なのに包帯を巻いている時は見ている事しか出来なかった。
ユキは拍手する側だった。でも今はそうじゃない、体を動かし活躍して周りからの拍手を浴びる。やりたい事が出来るようになって、それはユキにとっても幸せな事に違いなかった。
相手チームのスパイクをユキは華麗にブロックし、体育館に歓声が響き渡る。
今の得点で勝負が決まり、ユキのチームは二年生を相手に大差での勝利を収めた。
チームメイトとハイタッチを交わすユキはとても幸せそうで、そんな姿を眺めている俺も自然と頬が緩んでしまう。
次はもう決勝で女子バレー部のエースが率いる三年生チームとの対決が待っている。
ユキがこのままチームを引っ張って、もしかしたら優勝だっていけちゃうんじゃないだろうかと、そんな期待がこみ上げてきた。
「秋也、千夏。俺、ちょっとユキに会いに行ってくるよ。次の試合が決勝だから勇気づけたいんだ」
「そうだね、行ってきなよ。幼馴染の晴からの激励だし、きっと渚沙ちゃんも喜んでくれると思う」
「うんうん。晴っちの応援で渚沙さんも元気いっぱいになるよ。いってらっしゃい」
俺が席を立つと秋也と千夏は手を振ってくれる。二人に笑みを返して一度体育館から離れた。
さっきの試合でチームの勝利に貢献したユキへの労いと、次の決勝でも活躍する事を願って、自販機でスポーツドリンクを買って渡そうと思う。
向かうは自販機が並ぶ正面玄関。体操着姿の生徒達の横を足早に通り抜けていく。
自販機の前に辿り着いて小銭を入れる。スポーツドリンクを選んだ後に、取り出し口へと手を伸ばしてペットボトルを取ろうとすると――。
「――晴くん、やっほ」
その声に振り向くと、首にタオルをかけた体操着姿のユキがすぐそこに立っていた。
汗で前髪を額に張り付かせて、頬はほんのり赤く上気している。試合中の熱気と興奮がまだ冷めていないようで、その姿はいつもより艶かしく見えた。
「ユキ? 試合の方は大丈夫なのか?」
「次のバレーの試合はバスケの決勝戦をしてからだそうです。バレーの決勝が始まる時間はまだ先なので大丈夫ですよ」
「そうか。でもどうしてここに居るって分かったんだ?」
「晴くんが体育館から出ていったのを見ていたので、試合が終わった後にすぐ追いかけたら見つけられるかなあって」
「なるほどね。俺を見かけたから会いに来てくれたのか」
「はいっ。晴くんに会いたくって。ずっと応援してくれてたのが見えたから、わたし本当に嬉しかったです」
そう言ってユキは眩しい笑顔を浮かべる。見ているこっちまで幸せになれそうな、そんな可愛らしい笑顔に胸が温かくなった。
「そりゃ応援するさ。大切な幼馴染が頑張ってるんだ。それとほら、さっきの試合も活躍してて凄かったから、俺からのプレゼント」
「わたしの為に買ってくれていたんですか? 嬉しい……ありがとうございます」
ユキはペットボトルを受け取って、ふにゃりと柔らかに頬を緩ませた。まるで宝物をもらった子供みたいに嬉しそうだ。
スポーツドリンク一本でこんなに喜んでくれるなんて思ってなくて、ユキの嬉しがる様子を見ていると照れてしまう。
それを誤魔化すように球技大会の話をしながら、俺とユキは移動し始める。
バレーの決勝戦が始まるまで、人の居ない正面玄関の小さな階段で休む事にした。
そこはちょうど日陰になっていて、爽やかな風が気持ちいい。
階段に座り込んでさっきの試合の感想をユキに伝える。
「スパイクを打つ時のユキの姿には見惚れたよ。みんなも歓声を上げてたし、本当に輝いて見えたっていうか、俺も感動しちゃってさ」
「えへへ、晴くんに良いところを見せようと思って張り切っちゃいました。でも、そんなに褒められると恥ずかしいですね……」
運動後からの熱さからではなく、俺に褒められてユキは頬をほんのり赤らめる。それを誤魔化すようにペットボトルの蓋を捻り、スポーツドリンクを口に運んでいった。
白い喉がこくこくと上下して、ユキはその冷たさに目を細める。飲み口から唇を離した瞬間、つぅっと口元からスポーツドリンクが零れた。
その雫を手の甲で拭い、ふぅっと一息つくユキの姿は何とも言えない色気を放っていて、いつもとは違う雰囲気を纏うユキの姿に俺の胸は高鳴る。
汗に濡れたユキの姿に見惚れていたら、澄んだ瞳が頬を赤く染めた俺を映していた。
「晴くん、どうしました? なんだか顔が赤いですよ」
「い、いやなんでもないよ。俺もさっきまで試合してたからな……ま、まだ身体が火照ってるのかも」
ぱたぱたと手を団扇代わりにして、熱くなった顔を仰ぎながら誤魔化した。ユキの汗ばんだ姿に見惚れていた、なんて言えるはずもない。
このドキドキが悟られないように何とか平静を装うのだが、ユキは悪戯っぽく微笑んで俺の顔を覗き込んだ。
「ふふっ、本当にそうですか? それじゃあどうして目を逸らすんでしょう?」
「それは……ええとだな、その……」
「晴くんって分かりやすくて可愛いです。嘘つけないんだなぁって見てて分かるから、一緒にいるとすごく安心するんです。それにコロコロ表情が変わるところ、とっても可愛いなあって」
「う……あまりからかうなよ、ユキ……」
くすくすと口元を手で押さえて笑うユキ。どうやら初めから全部お見通しだったようで、俺は堪らず苦笑を浮かべた。
「晴くんの事、もっと釘付けにしてみせますね。次の決勝戦で良いところをいっぱい見せて、またたくさん褒めてもらいます」
「ああ。全力で応援するよ、ユキ」
「そうだ、試合中に良い活躍が出来たらピースしますね。わたし頑張ってるよって、晴くんだけに伝わる特別なメッセージです」
「俺だけに伝わるメッセージ……か。楽しみにしてる、観客席から見ているからさ」
「はい。晴くん、楽しみにしててくださいね」
ユキが笑顔でそう答えた後、スマホのバイブ音が聞こえた。
どうやらバレーに参加しているクラスの女子が、そろそろ集まるように連絡をくれたようだ。ユキはスマホを確認すると試合に行ってくる事を告げて立ち上がり、体育館へと向かっていく。
俺も体育館に戻ってユキの試合を見守らないと。それから秋也と千夏が待っていた席へと座り、三人で決勝戦の様子を観戦する。
「おかえり、晴っち。どうだったー?」
「喜んでくれたよ。決勝戦も頑張るって、凄く張り切ってた」
「最後の最後まで応援しよう、晴。僕らも今回は真面目に応援するからさ」
「ありがとう、秋也。一人ひとりの応援がユキの力になるんだ、よろしく頼むよ」
俺と秋也、千夏は三人でコートに立ったユキへ声援を送った。
球技大会の盛り上がりは最高潮に達する。
たくさんの生徒達が集まる中、ユキのチームとバレー部のエースがいる三年生チームとの決勝戦が始まった。
その試合でも多大な活躍をするユキ。バレー部のエースが放つスパイクを華麗にさばき得点を与えない。
ユキが浮き上げたボールをクラスメイト達が連携して得点へと繋げていく。ユキのファインプレーに生徒達は大いに盛り上がった。
そしてユキは観客席に向けて笑みを浮かべながら、可愛らしいピースサインを掲げる。
それに沸き立つ男子生徒達。
「渚沙さん、今おれに向かってピースしてたよな!?」
「いやいやボクだってボクにしてた!」
「んなわけねーじゃん! おれだっておれ!」
他の男子達はそれが誰に向けられているものなのか知らない。
でも俺は知っている。
それは俺だけに伝わる『頑張っているよ』というユキからのメッセージ。
ユキの姿を見ていて胸が熱くなってくる。俺は拳を握りしめて立ち上がり、ユキを応援する為に声を張り上げた。
「ユキ、頑張れ!」
その声が届いたのかもしれない。
浮き上がるボールに目掛けユキは跳躍する。
美しくも激しいフォームから繰り出される強烈な一撃、放たれたスパイクは相手チームのコートを貫いた。
そして女子バレー部のエースが率いる三年生チームを下し、ユキ達は初めての球技大会で有終の美を飾る。
体育館に響く拍手の音、激戦を制したユキ達を体育館中の生徒達が褒め称えた。
彼女の眩いまでの活躍を、俺はこの先も決して忘れないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。