第5話、学校一の人気者②

 最上階に続く扉を開けて外に出ると、心地良い風が頬を撫でた。


 白いフェンスの向こうには桜が咲き誇る並木道が見えて、雲ひとつない真っ青な空とのコントラストが美しい。


 そこは学校の屋上で、千夏がおすすめしてくれた休憩スポットだ。


 そして俺とユキが昨日二人で話をした場所でもあり、ここで数年ぶりの再会の喜びを分かち合った。

 

 屋上に設置されたベンチに並んで腰をかけて、俺とユキは弁当を広げる。


 お弁当箱の中には卵焼きやタコさんウィンナーといった定番のおかずから、アスパラの肉巻きやエビフライなど、ユキの手作り料理がたっぷり詰められていた。


 どれも美味しそうに見えるけど、特に気になったのは俺の大好物である卵焼きだ。


 俺の好みに合わせて甘く仕上げられたそれは、まるで宝石みたいに綺麗に盛り付けられていた。


「ユキの作ってくれたお弁当、すごく美味しそうだよ。食べちゃうのが勿体ないくらいにさ」

「えへへ、嬉しいです。晴くんの大好きなメニューをいっぱい作りました。たくさんあるので遠慮なくどうぞ」


「それじゃあ、いただきます」

「はい、召し上がれ」


 最初に箸で挟んで持ち上げたのは、俺の大好物の卵焼きだ。


 ユキが作ってくれた朝食もとても美味しかったが、こうして屋上で食べる手作り弁当はまた格別だ。


 ほんのりと甘くて、美味しくて、ずっと食べていたいと思えるくらいに舌に馴染んでいく。


「晴くんって本当に美味しそうに食べてくれますよね。わたしも作った甲斐があります」


「ユキの作る料理は全部好きだよ。毎日ずっと食べていたい。こんなに美人で可愛いユキにお弁当を作ってもらえるなんて、幼馴染の特権だな」


「毎日ずっと食べたいくらいに好き……。それに、び、美人で可愛いだなんて……急に言われたら照れちゃいますよ……」


 タコさんウインナーのように真っ赤になるユキ。そういえば包帯を巻いていた頃も、褒めるとすぐ耳まで赤くして恥ずかしがってたっけ。


「でも事実だしな。昨日も校庭で包帯を外したユキを初めて見た時、すごく綺麗でびっくりしたんだ。本当に天使みたいだなって思ってさ」


「は、晴くんだって……。すごく大人っぽくなって、かっこよくて、校庭で目が合った時もわたし実はとてもドキドキして……」


「あれ、もしかして。あの時から俺が晴だって気付いてたのか?」


 昨日の校庭での事を思い出す。


 クラス分けが書かれた掲示板を眺めていたユキと目が合って、その時ユキは俺に向かって優しく微笑んでくれた。


 その時の俺は包帯の取れたユキがこんなに可愛い女の子だったなんて知らなくて、初めて出会ったかのような反応をしてしまったのだ。


 でもユキは小学生以来の再会だったにも関わらず、俺の事を一目見ただけで気付いてくれていた? だけどユキも俺が大人っぽくなってて、初めは分からなかったような事を言っていた気が……。


 俺が不思議に思っていると、ユキは頰を赤らめたまま首を横に振った。


 その顔は真っ赤なままだし目も泳いでいて、本気で恥ずかしがっているのが伝わってきた。


「い、いえ……晴くんが同じクラスなのは名簿を見て分かったんですけど、どの人が晴くんか分かったのは入学式の時で……」


「じゃあ、かっこいいって思ってくれたのは……俺がユキのタイプだから、とか?」


「そ、それはその……あの。は、はい……わたしの好みど真ん中、です」


 今度は俺の顔が赤くなる番だった。


 俺がユキをユキと知らずにその可愛さに目を奪われてしまったように、ユキも俺を俺と知らずにかっこいいと好意を抱いてくれていた。


 その事実を知ってどんどんと叩くように心臓が跳ねている、全身が火照ったように熱くなって仕方がない。


 俺達は小学生の頃、互いの内面に惹かれて仲良くなった。


 それが今は内面だけでなく、互いの外見に見惚れて好きだと思ってしまう。


 ユキは熱っぽい表情で、包帯で隠す事のない素顔で俺を見つめる。その澄んだ青い瞳に映る俺の頬は真っ赤に染まりきっていた。


 今の感情を言葉に出来なくて、俺達は顔を赤らめたまま空っぽになった弁当箱に視線を落とす。


 昼休みの終わりを告げるチャイムの音が響くまで、それは続いたのだった。

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