第6話、ドキドキさせる方法①

 高校生になって初めての授業は、どの教科も和やかな雰囲気の中で行われた。


 教科を受け持つ先生からの自己紹介、こんな意識をもって日々の授業を受けて欲しいだとか、オリエンテーションを含めた説明が主だった。


 色々と不安のあった高校生活だけど、これなら上手くやっていけそうだと胸を撫で下ろした。

 

 そして今は放課後の時間。


 新入生達は部活動の見学に出向いたり、教室に残って新しい友達作りに勤しんだり、それぞれ自由に行動している。


 そんな中で俺は秋也に別れを告げた直後、すぐにユキを連れて教室を離れていた。


 放課後になれば、大勢の生徒達がユキを目当てに教室に押しかける事になる。休み時間の様子からそれは容易に想像出来た。


 そうなれば帰るのも遅くなってしまうだろうし、何より今日は初めて尽くしでユキだって疲れているはずだ。


 だから少しでも早く休めるように、一緒に帰宅しようと誘ってユキを連れ出したのだ。


 もちろんその提案にユキも喜んでくれたけど、今度は逆に俺の疲労を心配してくれている。優しすぎて胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


 そうして学校を出た後、俺とユキは肩を並べて桜並木道をゆっくりと歩いていた。


 時折吹いてくる柔らかな春風が桜の花びらを散らし、アスファルトの上を彩っていく。


 ひらりと舞う桜の花びらを手の平に乗せてユキは笑った。


「桜が綺麗ですね。日差しは穏やかで、風は優しくて。わたし、春が一番好きな季節です」


 ユキの白くて綺麗な手の平が、淡い桃色の花びらによく映えている。


 その微笑みは無邪気で、幸せに満ちていて、そんなユキの横顔は幻想的で美しくて、まるで一枚の絵画のようだ。


 そんなユキをじっと見つめすぎたかもしれない。俺の視線の行き先に気付いたユキは照れた様子で頰を染めていた。


「は、晴くん……そんなに見つめられると恥ずかしい、です……」


「ごめん。ユキがあまりにも綺麗だったから、つい」


「もう……晴くんったら。そうやって、いつもわたしをドキドキさせちゃうんですから」


「これはもう仕方ないな。照れてるユキを見るのも好きだから。だってほら、今もすっごく可愛い顔してるし」


「晴くんばっかりずるい、です。わ、わたしだって晴くんをドキドキさせてあげたいのに」


 ユキはちらりと周囲の様子を窺っていた。


 俺も真似して辺りを見回せば、同じ制服を着た生徒達が帰宅する姿がちらほらと目に入る。


 その様子にユキは少し残念そうにしていて、桜色の潤んだ唇から小さな吐息をこぼしていた。


「昨日みたいに誰もいなかったら、晴くんの腕に抱きついてドキドキさせられるのに」


「それでちょっと残念そうにしてるのか。昨日は帰るのが他の人より遅かったし、車で帰る人とかも多かったからな」


「むぅ……。この悔しさは晴くんをドキドキさせる事で解消したいです。何か良い方法はありませんか?」


「って俺に聞くのか、うーん、俺はユキになら何されてもドキドキするけどな。だってユキが隣を歩いてくれてるだけで、俺の心臓はバクバクいってるし」


「ほ、本当にそういうところですよ。さらっとそんな事言って……晴くんのばか」


 頰を染めたまま唇を尖らせるユキ。だけどその瞳は嬉しげに細められていた。


 それからユキは俺の服の袖をきゅっと掴み、潤んだ青い瞳で俺を見上げてくる。


 どうにかして俺の事をドキドキさせたいようで、その青い瞳は俺を真っ直ぐに見つめ続けていた。


 しかしどうにも思いつかないようで、こうして歩いている内に俺達の住んでいるマンションが見えてきた。


 あうあう……と残念そうにしょぼん顔で唸るユキ。もにょもにょと口ごもり、何も出来ないままエントランスへと辿り着いてしまった。


「だめでした……何も思いつきません。晴くん、わたしはぽんこつです……」

「ぽんこつなところも可愛いよ、ユキ」

「ま、また可愛いって。ぽんこつなところまで褒められたら、わたしだめになります……」


 ぽふんと顔を真っ赤にして俯くユキ。そして恥ずかしげに目を伏せながら服の裾を掴み続けている。


「まあ帰ってきた事だしさ。今日は部屋の中でゆっくりしようよ」

「お部屋の中でゆっくり……お家で出来る晴くんをドキドキさせる方法……あっ」


 何か思いついたのかもしれない。ユキは悪戯っぽい笑みで俺の顔を覗き込む。そして声をひそめながら桜色の唇を開いた。


「えへへ。晴くん、お家に帰ったら良いことしてあげます。楽しみにしていてくださいね」

「良いこと……? それって家の中でしか出来ない感じの?」


「はい。お家でこっそりしないといけないこと、です」

「……っ。もう既にドキドキしてきたんだけど、大丈夫かな俺」


 その笑顔は大人っぽい魅力に満ちていて、俺の心臓はもう既に高鳴っている。


 そしてユキは楽しそうに笑ったまま、俺をエレベーターへと引っ張っていく。


 果たしてユキの言う良い事とは何なのか。


 それを楽しみにしながら俺はユキと一緒にエレベーターに乗り込んだ。

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