第5話、学校一の人気者①
包帯を外したユキは、学校一の人気者だった。
授業の合間の休み時間になればクラスメイトがユキの元に集まってきて、他のクラスからも多くの生徒達がユキと仲良くなろうと押し寄せてくる。
新入生代表の挨拶を通じて、ユキの存在は校内に知れ渡る事になった。
天使を思わせる程の可憐な美しさ、スピーチで発した透き通った鈴のような声、そして多くの人達の前でも物怖じせずに背筋を伸ばし、凛とした姿で挨拶を終えたユキに生徒達の心は鷲掴みにされていた。
ユキは集まってきた生徒達一人ひとりに丁寧に言葉を返す。その性格の良さと彼女の美貌が相まって、ほんの短い間でユキは学校一の人気者、学校のアイドルだという声も聞こえてきた。
それに『帰国子女』というワードにはやっぱり惹かれるものがあるのだろう。彼女の流暢な英語を聞いたクラスメイト達は目を輝かせる。
そして昼休みになると今度は先生がユキの所へやってきて、学校の広報誌に載せる写真の撮影を頼みたいと話をしている。生徒だけでなく先生達からの評判もとても良いらしく、説明の為にユキは職員室へと案内された。
そんなユキの姿を眺めていると、前の席に座っている秋也が話しかけてくる。
「晴の幼馴染は凄い人気だね。先生達からも好かれているみたいだし」
「本人は困惑気味な部分もあるみたいだけどな。今まであんなふうに注目される経験はなかったから」
新入生代表の挨拶の時は凛とした姿を見せて、教室で好奇の目に晒されても毅然で立派な立ち振舞いをするユキだが、実のところは人前に出るのは苦手だったりする。
包帯を巻いていた頃のユキは、いじめられたりして悪い意味で注目される事が多かった。それが原因でユキは人の視線というものが苦手になってしまったのだ。
そんなユキは俺にだけ唯一弱みを見せて、二人きりになるとふにゃふにゃと甘えてくる。その可愛い過ぎるギャップがたまらなく愛おしかった。
「しかしまあびっくりしたよ、晴。RINEで聞いた時は本当に驚いた。そんな人気者の渚沙ちゃんが、晴の言っていた幼馴染のユキちゃんだったなんてさ」
「ああ、俺も最初は夢かと思った」
昨日ユキとの一連の出来事はスマホで報告してあって、それを聞いた秋也の反応はなかなかのものだった。
中学の頃から秋也にはユキの話をする機会が何度かあり、秋也は俺とユキの事情を知っている。
包帯を顔に巻いていて素顔を見た事がなかった話も、そんなユキが俺の初恋の相手だった事も、中学に上がる時に離れ離れになった事だって秋也にはちゃんと伝えていた。
そんな事情を知っている秋也だからこそ、学園中の注目を集めている渚沙ユキが俺の幼馴染だった事に衝撃を受けたようだ。
「あんな美人で頭も良くて、性格も天使みたいに可愛い渚沙ちゃんがね。しかも今日、晴と渚沙ちゃん、一緒に登校してきたのを見たよ」
「ええとまあ……住んでる所も近かったっていうか。小学生の頃はユキと登下校するのは毎日の事だったし」
「幼馴染と運命的な再会を果たしただけじゃなくて、家まで近いだなんてね。それで今日も二人仲良く登校してきた訳か。二人の関係が羨ましいよ。僕も千夏と家が近かったらなあ」
彼女の名前を呼びながら、秋也は本当に羨ましそうな顔をする。
本当は家が近いどころか、俺とユキは同棲生活している。この事を知ったら秋也は一体どう思うんだろうなあ……とぼんやり考えた。まあ口が裂けても言えないけれど。
そんなふうに秋也と話をしていると、視界の隅に気になるものが映った。
俺はちらりと廊下の方へ視線を向ける。そこには茶髪のショートボブが良く似合う小柄な女子生徒がいて、こちらの様子を窺うように見ていた。
目が合うと花が咲いたような笑顔を見せて、俺達に向かって手を振っている。
「あっきー、晴っちー、やほやほー!」
「千夏。来てたのか。ほら秋也、彼女様のご登場だぞ」
「やあ千夏。遊びに来てくれたのかい?」
「うんっ。一緒にお昼食べよーって思って、誘いに来た!」
千夏は満面の笑みを浮かべて俺達の席へ駆け寄ってきた。
彼女は
中学からの同級生であり、秋也と付き合っている女の子だ。
昔から明るく元気な性格をしており、面倒見も良いので中学の頃は男女問わず人気があった。
恋人である秋也と一緒にいると更に元気倍増になるので、学校一騒がしい女の子として中学の時は名を馳せていたりする。
「ねえねえ。晴っち、聞いたよー渚沙ちゃんの事。渚沙ちゃんが小学生の頃に仲良かった幼馴染で、昨日ようやく再会出来たって。おめでとー!」
「ありがとな、千夏。中学の頃は色々相談乗ってもらったり、励ましてもらったりで本当に感謝してるよ」
「全然気にしないでいいって~。ていうか晴っち、本当に一途なんだから。小学生の頃のお話聞いてたらあたしも応援したくなっちゃって」
ユキと離れ離れになった事が辛くて落ち込んでいた時、何度も相談に乗ってくれたり励ましてくれたのが千夏だった。
そのおかげでユキと再会する夢に向かって、前向きに頑張る事が出来た。本当に千夏には感謝してもしきれないぐらいだ。
俺と千夏の会話に、秋也もうんうんと頷きながら口を開く。
「晴の一途さには僕も驚かされるよ。初恋の相手を何年も想い続けるだなんてさ。普通は別の子に惹かれたりしてもおかしくないのにね」
「そうは言うけど秋也だって似たようなものだろ? 中学の頃から千夏にべた惚れだし、他の女子が告白してきても全部興味ない感じでさ」
「ほんとね。あっきーってモテるけど、あたし以外の女の子には全く興味示さないから。浮気の心配がなくて助かってまーす」
「秋也と千夏は仲良しだよな。それに千夏と同じ高校行きたくて勉強も頑張ってたし。じゃなきゃ秋也もこんな偏差値高い学校に入ろうと思わないって」
「えへへー。同じ高校行こうって約束したから、その気持ちに応えて頑張ってくれたんだ。ほんと最高の彼氏だよっ」
「ふ、二人してあんまり恥ずかしい事言わないでくれ……」
顔を真っ赤にしてそっぽを向く秋也をからかうように、千夏は悪戯っぽい笑顔を浮かべて肩をつんつんと突いていた。
秋也は千夏に対して、小さい頃からずっと一途な想いを抱いている。その真っ直ぐで純粋な愛情は恋人の千夏にもしっかりと届いているようだ。
友達も多くて明るくて俺とは真逆のタイプの秋也だが、こういうところだけは俺とそっくりだと思う。だからこそ馬が合うのかもしれないな。
「ねえねえ、あっきー。今日は一緒に学食でご飯食べない?」
「いいね。ここの食堂って凄く美味しいらしいし、行ってみたかったんだ」
「じゃあ決まりーっ。晴っちも行く?」
「いや、俺は遠慮しとくよ。ユキと一緒にお昼を食べる約束してるから、ここで待ってようと思う」
「ふふーんっ、いいねえいいねえ。渚沙さんとのランチデート、楽しんでね♪」
「え、デートって……そんな大層なものじゃないだろ」
「そんなことありませんー。女の子と二人でランチだもん、立派なデートだよっ」
「全くだね、晴。二人きりでご飯を食べるんだ、これはデート以外の何物でもないよ」
「ああもう、二人してにやにやするなっての。ほら、話ばかりしてたら時間がないぞ。結構並ぶらしいから早く食堂に行かないと」
「そうだね。作ってもらう時間も考えると、そろそろ行かなくちゃ」
「おけおけー。じゃあまたね、晴っち! あ、それと二人きりで食べるなら学校の屋上がおすすめらしいよー。上級生から聞いたんだけど、全然人が来ないから二人きりで過ごせるんだって」
「へぇ、そうなんだ。情報ありがとな、千夏」
千夏は俺にそう告げた後、秋也を連れて元気良く教室を飛び出していく。
その後ろ姿に俺も手を振って見送った。
ちょうどその時だった。
銀色の髪をふわりと揺らしながら、俺の幼馴染が教室に戻ってくる。
クラスメイト達が黄色い声を上げて羨望の眼差しを向ける中、ユキは真っ直ぐに俺の元へと駆け寄ってきた。
その姿はとても嬉しそうで、無邪気な瞳で俺を見つめる。花が咲いたかのような笑顔が浮かんでいた。
「――晴くん、遅くなりました。一緒にお弁当を食べたいので、待ちきれなくて急いで来ちゃいました」
えへへと笑うユキの額には僅かに汗が滲んでいる、息が上がっていて本当に急いで来てくれたみたいだ。
俺達一年生の教室は三階で、職員室は一階にある。
早歩きで階段を上がってきたのだろう、白い頬が少し紅潮して、汗ばむ肌がなんだか色っぽい。
その姿に見惚れていると、ユキは不思議そうに首を傾げて俺の顔を覗き込んできた。
俺を見つめる大きくて丸い瞳がぱちぱちと瞬きをする。顔にかかる銀色の髪をかき上げながら、恥ずかしそうにしている仕草がとても可愛らしい。
「どうしました……? 晴くんからじっと見つめられちゃうと、わたし、その……」
「ご、ごめん。何でもないんだ。それより昼食だったな、おすすめの場所があるんだけど一緒に行こうか」
「は、はいっ。晴くんとのお弁当、ずっと心待ちにしていたんですよ」
「俺もだよ。ユキの手作り弁当に、ユキと一緒のお昼休みだからな。楽しみで仕方がない」
嬉しさを堪えきれない表情でユキは何度も頷いた。
他の誰もがユキと一緒に昼食を食べたいと願っているはずなのに、ユキはいつだって俺を一番に優先してくれる。
学校一の人気者を独り占め出来る優越感に浸りながら、俺はユキと一緒に教室を出て校舎の最上階へと向かった。
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