第12話、思い出の場所へ①

 あの大雨は一体何処へやら。

 各地の停電やら河川の増水やら、ニュースで忙しなく報じられていたのが今ではもう嘘のように、平和で穏やかな日常が戻っていた。


 臨時休校になっていた学校もすぐ再開して、俺はユキと一緒にいつも通りに登校する。


 そして自分の席について鞄の中のノートや筆記用具を机の中に詰め込んでいると、前の席に座る秋也が声をかけてきた。


「おはよう、晴。この前の大雨は凄かったね。みんな停電してさ」

「ああ、本当にな……。秋也の所も酷かったんだろ? 千夏は学校休みになったから、はしゃいでたみたいだけど」


「そうそう。千夏ずっと家の中にいたから、退屈で死にそうだったみたいだけどね」

「千夏らしいや。ってか今日は随分とご機嫌だな、秋也。何か良い事でもあったのか?」


 俺と秋也くらいの付き合いになれば、ちょっとした変化でも気付いてしまう。

 

 いつもより声が弾んでいて、表情も晴れやかな秋也はまるで良い事があったと言わんばかりに嬉しそうだ。


「流石は晴だね。ちょっと話しただけで分かっちゃうんだからさ」

「やっぱりな。それで何があったんだ? 金欠だって言ってたし、もしかして小遣いが入ったとか?」


「いや相変わらず金欠なんだけどね。もうすぐゴールデンウィークだろ? そのタイミングに千夏から誘われた事があってさ」

「金欠が解消出来てないなら、ゴールデンウィークも家デートになるんじゃ……」


「それが違うんだよ。実は千夏がスマホアプリの抽選で一等を当ててさ、なんと温泉旅行が当たったんだ!」

「だからテンション高いのか。温泉旅行とは、またすごいな」


「千夏の運の良さにはびっくりしたよね。高校生二人で行くのはあれだから、僕の母親が付き添ってくれる事になって。一泊二日で羽を伸ばしてくるよ」

「それじゃあお土産頼もうかな、温泉まんじゅうとか」


「それくらいでいいなら任せてよ。渚沙ちゃんの分も買っておくからさ、晴から渡してやってくれない?」

「分かった、渡しとく。にしても温泉旅行か……楽しいゴールデンウィークになりそうだな」


 高校に入学してからもうすぐ一ヶ月経とうとしている。新生活に慣れてきたタイミングでやってくる大型連休。


 きっとみんな浮き足立って普段はしないような事をするのだろう。


 秋也と千夏のように恋人同士で遠出してみたり、家族で旅行に出かけてみたり。


 ゴールデンウィークという響きを聞くだけで、誰もが楽しみな気持ちと期待感を抱くはずだ。


「晴はゴールデンウィークの予定、どんな感じなんだい? やっぱり渚沙ちゃんと二人でデートとか?」

「今のところは何も決めてない。そういう話題も出てないんだよな」

「意外だね。僕はてっきり渚沙ちゃんと毎日顔を合わせて、二人で連休を満喫するものだって思ってたけど」


 秋也の何気ない一言に俺は口ごもる。


 ゴールデンウィークの予定は何も決まっていないけれど、ユキとは毎日必ず顔を合わせる事になる。


 何故なら俺とユキは同じマンションで暮らしているし、連休中も実家に戻る予定はないから、必然的に今年の連休を二人で過ごす事が確定しているのだ。


 もちろんそれは口外していないし、親友である秋也だってこの事は知らない。


 だからこそ俺はつい言葉を濁してしまう。ユキとの同棲生活がバレたら絶対に面倒くさい事になるからだ。


「……まあ、毎日遊ぶつもりではあるかな」

「なんだか歯切れ悪いね。もしかして僕と千夏の温泉旅行が羨ましい感じだったり?」


「まあ確かに羨ましいけどさ。そうじゃなくて、ユキとどう過ごそうか迷ってるだけだって」

「この前みたいにお買い物デートとか、遊園地とか、そういう場所に行くのはどうだい?」


「そうだな。まあ色々と候補を出して話し合ってみるよ、せっかくのゴールデンウィークだし」

「うんうん。まだ時間もあるし、二人でゆっくり決めた方がいいよ」


 秋也とゴールデンウィークについて語り合っていると、ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴り響き、担任の先生が教室にやってくる。


 ユキの周りに集まっていたクラスメイトも席に戻っていき、騒がしかった教室はすぐに静かになった。


(ユキと過ごすゴールデンウィーク、か)


 家でごろごろするのも良いし、散歩をするだけでも楽しいだろう。でもそれは普段の休みの間でも出来る事。せっかくだからいつもと違う何かがしたい。


 その何かを考えながらぼうっとユキを眺めていると、不意にユキが振り返ってぱちりと目が合った。


 ユキはふにゃっと嬉しそうに表情を綻ばせ、そのまま小さく手を振ってくれる。俺も微笑んでこっそり手を振り返した。


 ただそれだけのやり取りなのに、幸せな気持ちで胸の中がいっぱいになっていく。 


 ユキと二人なら何をしても楽しいゴールデンウィークになる。


 そんな確信めいた予感に俺は頬を緩ませた。

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