第12話、思い出の場所へ②

 その日の昼休み。


 俺とユキは二人で校内の中庭を訪れていた。


 五月が近付いてきた事もあり、屋上は日差しが強く暑くなってきたので、最近はこうして中庭で昼食を取る事が多い。


 今日の気温も最高で30℃近くなるようで夏のような陽気が照りつけていた。


 そんなわけで俺とユキは木陰にあるベンチに座って、膝の上に弁当を広げている。


 日差しは強くとも風は涼しくて心地良い。木漏れ日の下で爽やかな風に吹かれていると、まるでピクニックをしているような気分になってくる。


 中庭には木がたくさん植えられていて、そよ風で葉っぱ同士が擦れ合う音が優しく響いていた。


「ねえ晴くん。爽やかな風の匂いに、陽射しも暖かさも、何もかもが気持ち良いです」

「ユキのお弁当もすごく美味しいし、最高の気分だよ」


 二人で肩を寄せ合いながら、のんびりとした時間を過ごしていた。


 ユキの作ってくれたお弁当は具材ひとつひとつが丁寧に下ごしらえされていて、味も見た目も完璧だ。いつも美味しくて箸が止まらなくなる。


 俺が弁当を頬張る様子をユキは幸せそうに見つめていて、その姿が愛らしくて頭を撫でる。するとユキはくすぐったそうに目を細めて喜んでいた。


 銀色の柔らかな髪に木漏れ日が反射してきらきらと光る。ユキの髪はさらさらしていて、いつまでも撫でていたくなるような触り心地だ。


 そのまま髪を梳くように手を動かしてユキの頬に触れると、ふにゃりと気持ち良さそうな笑顔を浮かべた。


「えへへ。今日も晴くんからなでなでしてもらえて、幸せです」

「毎日の日課になってきてるもんな。ユキは撫でられるのが好きだよな」

「はいっ。晴くんに頭を撫でてもらうの大好きなんです。わたしを幸せにしてくれる魔法の手ですから」


 相変わらず嬉しそうな時の表情はあどけなくて、俺の庇護欲をくすぐってくる。白い頬をほんのり赤らめて目を細めている姿は可愛くて仕方がなかった。


 夏のような日差しのおかげか、他の生徒達は屋内で昼休みを過ごしているようで、中庭には俺とユキ以外の人影も見当たらない。


 中庭の静けさにつられてか、ユキは普段よりも甘えんぼうな一面を覗かせていた。


 お互いのお弁当を食べ終えた後、ユキは俺の肩に頭を乗せてくる。すりすりと頭を擦って甘える姿は子猫のようで、その可愛らしい様子に俺は口元を緩ませていた。


「そういえばユキ。ちょっと聞きたい事があるんだけどさ」

「はい、なんですか?」


 お弁当箱をランチクロスで包みながら問いかけると、ユキはこてんと首を傾げた。


「もうすぐゴールデンウィークだろ? 予定とか全く決めてなかったらから、そろそろ考えとかないとって思ってさ」

「あっという間の一ヶ月でしたよね。そうですか、もうゴールデンウィークの時期なんですね」


「いつもみたいに家でごろごろするのも楽しいけど、せっかくだから普段とは違う事がしたいなって。ユキは何処か行きたい所とかあるか?」

「えっと、行きたい所ですか……」


 ユキは桜色の唇に指を当てて考え込み始める。


 うーん、と悩みながら視線を上に向けるユキだったが、何も思い浮かばないのかそのままふにゃっと眉尻を下げた。


「晴くんと一緒にいる毎日が楽しすぎて、遠出するような特別な予定……何も思いつきません」

「俺もなんだ。ユキとこうやって過ごす毎日が楽しくてさ、実は何も思い浮かばないんだよな」


「……えへへ、晴くんとお揃いです。でも困りましたね……ゴールデンウィーク、どうしましょう?」

「どうしよっか。秋也と千夏は温泉旅行に行くって言ってたけど」


「わたしも千夏さんから聞きました。スマホのアプリで一等賞を当てたって。すごいですよね」

「あいつの運の良さは生まれつきだからな。金欠で困ってたタイミングで当てるなんて、ほんとついてるよ」


 俺もユキもくじ運は良い方ではないから、少しくらい分けて欲しいものだ。


 二人の温泉旅行を羨ましく思いつつ、俺はユキと青空を眺めながらゴールデンウィークの予定を考える。


 ぼうっと時間が過ぎていく中、ユキは何かを思いついたようにぽんっと手を叩いた。


「あっ、わたし思いつきました。ねえ晴くん、行きたい所があります」

「ん、何処に行きたいんだ?」


「小学生の頃、晴くんと一緒に行った所です。水族館、連れていってくれましたよね?」

「懐かしいな。ユキとは何度も行ったよな」


「はい。あの時もすごく楽しかったです。お魚を見ながら歩き回って、いっぱい晴くんと遊びました」

「思い出すなあ。薄暗い廊下にさ、たくさんの水槽が並んでて色んな魚とかが泳いでてわくわくするんだよな。あとはイルカショーとか、あの水しぶきが大好きでさ」


「晴くん、いっぱいはしゃいでいましたよね。わたし、覚えていますよ」

「まあな。ユキと一緒に行く水族館って本当に楽しくて、時間があっという間に過ぎるんだ」


 ユキが包帯を巻いていたあの頃、水族館に行こうと俺はユキを何度も誘った事がある。母さんに連れられて、いつもバスに乗って行っていた。


 バスが来るのが待ち遠しくて、二人でずっとそわそわしながら待っていた。バスに乗り込んでからも窓の外を眺めながら、早く水族館に着かないかなと何度も思った。


 水族館に着いてからも二人で跳び跳ねるようにはしゃいでいたのを良く覚えている。


 二人で手を繋いで大きな水槽を眺めている時の気持ちは今でも忘れない。魚を見る度に青い瞳をきらきらと輝かせてはしゃぐユキは本当に楽しそうで、包帯の下で浮かべる笑顔を見ているだけで俺も楽しい気持ちになれたのだ。


 懐かしい情景に思いを馳せながら、俺はユキに優しく話しかける。


「それじゃあゴールデンウィークは水族館に行こう。あの頃みたいにバスに乗って、二人で一緒に」

「えへへ、約束ですよ。晴くんと一緒の水族館、すごく楽しみです」


 それから互いに小指を絡ませて、あの頃と同じように俺達は約束を交わす。


 ユキは瞳を細めて穏やかな表情で俺を見つめていて、桜色の唇は楽しそうに緩められていた。

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