第12話、思い出の場所へ③
水族館に行く約束をしてから、俺は遠足前の子供のように毎日をそわそわしながら過ごしていた。
ユキも俺と同じように浮き足立っているのか、数日前から水族館に着ていく服について悩んでいたり、持っていくお弁当の具材を嬉しそうに考えていたり、水族館のパンフレットを眺めている姿を何度も目にした。
そんなふうに一日を過ごせば、ゴールデンウィークが来るのはあっという間だった。
そして今日はユキと水族館へ行く約束をした日。
朝食を食べながらユキと二人で今日の予定について話し合い、小学生だったあの頃のようにバスへ乗って向かう事が決まった。
あとは財布やら鞄に入れて、どの服を着ていこうかと悩んでいる。
いつもの家用の服や制服と違ってお出かけ用のコーディネートは俺のセンスが試される。
ユキと二人きりのデートなのだ。下手な格好でユキをがっかりさせられないと、自分の持っている服を眺めながら必死にコーディネートを考えた。
以前のダブルデートと同じ服装だとユキも見飽きてしまうだろうし、ああでもないこうでもないと悩みながら、結局は無難な服装に落ち着いてしまう。
黒い薄手のジャケットに無地のシャツを合わせて、デニムのジーンズを穿き、靴は白のスニーカーを選んだ。
あまり派手な色合いが好きではないので、いつも大体黒寄りの色を選んでしまう。
髪を整えてから部屋を出ると支度を整えたユキがリビングで待っていた。
「晴くん、どうでしょう? この服、似合っていますか?」
ユキはその場でくるりと回って俺に訊ねてくる。ふわりと広がったスカートの裾が動きに合わせて綺麗な曲線を描いた。
それはフリルで飾り付けられた純白のワンピース。膝上までの丈にふわりと揺れるスカートの裾からは白くて細い足が覗いている。
その無垢な服装は天使のように愛らしいユキの清楚さをこれ以上なく引き立てていた。
さらりとした銀色の髪を真っ直ぐに整え、艶を帯びた桜色の唇は柔らかに微笑んでいる。
薄い化粧が施されたユキの肌は透明感に溢れ、いつもより少し大人びた雰囲気を纏っていた。
全身から漂う清楚で清純な空気感に俺は頭がくらくらする。それにとても甘くて良い香りがして、まるで花に誘われる虫のようにふらふらと近付いてしまった。
そしてユキのすぐ前に立って、彼女の胸元にきらりと輝くネックレスが視界に入る。
銀色のチェーンに猫の形のチャームが飾り付けられた可愛らしいネックレス。埋め込まれたピンク色の宝石が眩い光を放っていた。
それは俺が以前のデートでユキにプレゼントしてあげたもので、ユキは俺の視線に気が付いたのか、そのネックレスを嬉しそうに指で撫でた。
「ユキ、それ……」
「気付いちゃいました? 晴くんがくれたネックレスです。本当に大切なものだから、いつもは丁寧にお手入れをして片付けているのですが、今日は特別だからって付けてきました」
ユキはネックレスを撫でてふわりと笑う。
本当に愛おしいものを見るような眼差しでそのネックレスに触れていて、俺の胸はぎゅっと締め付けられた。
大好きなユキが自分好みの服を着て目の前に立っていて、その胸元には俺があげたネックレスが輝いている。
それだけでも嬉しいのに、ユキは頬をほんのりと赤く染めながら、上目遣いで見つめてきた。
「晴くん、照れてますね? えへへ、晴くんの可愛いお顔見れちゃいました」
「いや、その……可愛すぎて言葉が出なかったんだ。その服、すごく似合ってるし、こんな綺麗なユキの事を俺が独り占めしていいのかって思ってしまうぐらい素敵でさ……」
俺が素直に賛辞の言葉を口にすると、ユキはますます嬉しそうにふにゃりと顔を綻ばせた。
「晴くんにそう言ってもらえて本当に嬉しい……。晴くんもすごいかっこいいです。本当に、とってもかっこいいです」
「そ、そうか。ユキに褒められると何だか照れるな……」
ああ、本当に可愛いな。
照れながら褒めてくれるユキがあまりに愛おしくて、まだ出かけてないというのにこんな幸せで、水族館に着いたら果たしてどうなってしまうんだろうと胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
そうしてドキドキとしながらユキを見つめていると、彼女は柔らかな笑みを浮かべて手を差し出してきた。
「今日はいーっぱい楽しみましょうね、晴くん」
「ああ。二人で忘れられない思い出をたくさん作ろう」
俺はユキの手を握る。
指を絡めて恋人繋ぎをすると、ユキもぎゅっと握り返してくれる。
俺の手の平に収まるユキの華奢な指先。細くてすべすべした肌触りと、ふわりと柔らかいユキの優しい温もりを指先で感じながら、俺はユキを連れて玄関を出た。
そのまま手を繋いで玄関を出て、俺達はバス停へ向かった。
今日は雲ひとつ無い晴天だ。日差しが強く照りつけてきて、まだ春だというのに早くも夏の気配を感じさせるほど暑い日だった。けれどこの汗ばむぐらいの天気も絶好のお出かけ日和だと言えるだろう。
「こうしてバス停に歩いていくだけでも、懐かしい気持ちになりますね。晴くんと水族館に行く時、必ず二人並んでバス停まで歩いた事を思い出しました」
「俺達があまりにはしゃぐもんだから、母さんが心配しながら後ろをついて来てたよな」
「ふふっ、晴くんのお母様に何度も注意されてしまいました。道路に飛び出ないようにって」
「あの頃の俺達はまだ小学生で小さかったしな。危なっかしくて見てられなかったんだろ」
「危ない事はもうしませんけど、あの頃と同じくらい心の中でははしゃいでいます。晴くんとの水族館、ずっと心待ちにしていましたから」
「俺も楽しみにしすぎてさ、昨日の夜はなかなか寝付けなかったんだよな。いくつになっても遠足前の子供みたいにわくわくしちゃって」
昔を懐かしむように笑い合う。
俺と手を繋いで歩くユキは、あの頃と同じように無邪気な笑顔を見せていた。
バス停が見えてくると俺達の足取りは更に軽くなる。
屋根のついた停留所には水色のベンチが並び、貼り付けられた時刻表は日焼けで少し色落ちしていた。その横には自動販売機があって、その光景は思い出の中にあるものと同じもの。
水色のベンチに座ってバスが来るのを待つ間も、俺達は肩を寄せ合って昔話に花を咲かせる。
やがて遠くから聞き慣れたエンジンの音が響いてくる。
「晴くん、バスが来ましたよ」
ユキは立ち上がってぴょんと跳ねるようにして喜び、俺はそれを見てくすりと笑う。こうしてはしゃぐユキの姿も小学生の頃と変わっていなくて、それが微笑ましくて可愛らしい。
俺はユキと一緒にバスの後部座席に乗り込んだ。
窓の外を見ると、ゆっくりと景色が流れていく。空は青く澄んでいて、流れる風景の先には白い雲が浮かんでいる。
俺も子供だったあの頃のように、ユキと一緒に瞳を輝かせて窓の外の景色を眺めていた。
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