第12話、思い出の場所へ④

 潮の香りがする風の中、雲ひとつない青空を白いカモメの群れが舞っている。


 俺達が向かった水族館は海のすぐ近くにあった。日本海側で最大級の規模として知られるその水族館は県内でも有数の観光名所。この前は開館30周年を記念してイベントをやっていたそうだ。


 俺とユキは正面の入り口から中へと入り、まず初めにお土産などが買えるミュージアムショップに立ち寄った。海にちなんだ動物のぬいぐるみや地域の銘菓などがずらりと並んでいる。


「ここに来るのも懐かしいですね」

「そうだな。小学生の頃、ここで母さんからぬいぐるみを買ってもらった事があったな。確かペンギンの大きなぬいぐるみだ。ユキの前だっていうのに駄々こねてさ」


「お母様から買ってもらった後、わたしが羨ましそうに見ていたらバスの中で晴くん、わたしにそのぬいぐるみをプレゼントしてくれましたよね」

「ああ。なんかあのペンギンもユキと一緒が良さそうな顔をしてたような気がしてさ」


 本当は初めからユキにプレゼントするつもりで買ってもらった。ユキを喜ばせたくて、それを伝えるのが恥ずかしくて誤魔化したんだよな。本当に懐かしい。


「あのペンギン、今はどうなったんだ?」

「今も大切にしていますよ。わたしのお部屋に飾っています」


「そっか。やっぱりユキにあげて正解だった。ユキなら大切にしてくれるって、あいつもそれを分かってたのかもな」

「ふふ。でも晴くんにも会いたがっていたようなので、今度お部屋にお連れしますね」

「楽しみに待ってるよ」


 こうして二人で話をしながら、お店に並んだ商品を一通り眺め終えた。


「帰りにお土産でも買っていこうか。母さんがゴールデンウィークの間に様子を見に来るような話をしてたし、その時に渡せるようにさ」

「そうですね。それでは買い物は後にして入場チケットを買いましょう」


 俺とユキは二人で並んでチケットを買いに行く。


 流石はゴールデンウィークという事もあり、水族館の中は家族連れやカップルなどで賑わっていて、受付の列にはかなりの人数が並んでいた。


「ユキ、人混みは苦手だよな。もし駄目そうだったら遠慮なく言ってくれよ」

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。せっかく晴くんとの水族館デートなんです、このくらい平気です」


 ユキは俺を見上げながらにっこりと笑ってみせる。そして小さな手を差し出してきた。


「せっかくだから手を繋ぎながら水族館を楽しみたいなって。だめ、ですか?」

「ユキ、だいぶ慣れたよな。水族館に来るまでもそうだったけど、人前でこうやってくっついても全然照れてないから」

「ううん、すごく照れてますよ? でも勇気を出して乗り越えれば何度でも出来るって、晴くんが教えてくれたから」


 宝石のように煌めく青い瞳を細め、ユキは幸せそうに口元を緩ませて俺の手を取った。


 そして指を絡めて恋人繋ぎを作ると、俺に寄り添って身体を預け、嬉しそうに笑っている。


 こうして人前でも気にせず甘えているようだけど、その言葉の通りにユキは照れていた。


 小さな耳に朱色が差し込こんでいて、ほんのりと頬が赤くなっている。緊張もしているのか、手の平はじんわりと汗ばんでいて熱を感じた。


 それでも決して手を離す事のない健気な姿に、俺は再会を果たしてからのユキの成長をひしひしと感じていた。

 

 人前では手を繋ぐ事も恥ずかしくて出来なかったユキが、今は自分からくっついて俺の手を握りしめている。


 俺がダブルデートをした時にユキへと伝えた言葉。


『一度でも乗り越えたら、いつだって手を繋いで歩けるようになる。だからちょっとだけ勇気を出してみよう』


 その言葉を心に刻んで、今こうしてユキは臆病な自分を乗り越えてくれている。


 ユキのそのひたむきな気持ちに胸の奥がじんわりと温かくなり、俺はユキの小さな手をきゅっと握り返した。するとユキは甘えるようにして俺の肩に頬を擦りつける。


 ユキのさらさらした髪が触れてくすぐったいけれど、それはとても幸せな感覚だった。


「ユキは本当に甘えんぼうなんだから」

「えへへ……。晴くんにもっと甘えられるように、わたし頑張りました」


 ユキはとろけるような笑みを浮かべながら、俺の腕にぎゅっと身体を押しつける。


 その柔らかで幸せな感触と甘くて優しいユキの匂いが心地よくて、俺は夢見心地のまま受付を済ませた。


 こうして俺達は手を繋いだまま水族館の中へと足を踏み入れる。


 再び訪れた水族館で、手を繋ぎながら、一緒にまた新しい思い出を作っていこう。

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