第12話、思い出の場所へ⑤
ユキと二人の水族館。
初めに目にしたのは潮風の風景というコーナーで、並んでいる七つの水槽にはサンゴ礁や砂浜、磯や干潟などを再現した海岸線の風景が展示されている。
ユキはサンゴ礁の水槽の前で立ち止まって、色とりどりのサンゴ礁や宝石のように綺麗な魚達が泳ぐ様子を眺めていた。
「とっても綺麗ですね。それにすっごく可愛い」
「そうだな。小さな魚がいっぱいいる。黄色だったり縞々だったり本当に綺麗だよなあ」
「サンゴも凄いですよね。色んな形をしています。ほら見て下さい、あの魚。サンゴの間から顔だけ出しています」
「恥ずかしがり屋なんだろうな。同じ魚でもみんなそれぞれ違う性格なのかも」
展示された水槽を楽しみながら、俺とユキは水族館の更に先へ進んでいった。
可愛らしいペンギン達が見れる散歩道。水の張られたプールの上を悠々と泳ぐペンギンの姿、それを見つめながら二人で楽しそうな声を上げる。
ユキはペンギン達に手を振るが、群れの中の一匹がそれを見て首を傾げる仕草をした時は思わず笑ってしまった。
そして俺達は階段を降りて、水族館の目玉である大水槽に辿り着く。
大自然を感じさせるその様子に息を呑んだ。
数え切れない程の魚の群れが青色で染まった世界で踊り、静かに揺らめく水面から射し込む光が大水槽の中を泳ぐ魚達に反射して、まるで海の中にいるような幻想的な雰囲気を感じさせる。
それから二人でアーチ状のトンネルになった通路を進んだ。
そこは大水槽を下から眺める事が出来て、俺達の頭上を魚の群れが優雅に泳いでいる。
ここは本当に素敵な場所だ。
そしてその素敵な場所に、数年前のあの時と同じように、ユキと一緒に居られる事が何よりの幸せだった。
あの時も包帯の下の彼女の青い瞳はきらきらと輝いていたのを覚えている。
今も同じだ。
ユキの優しい瞳は星のように瞬いていて、そしてそれが大水槽の中を優雅に泳ぐ魚達よりも、俺の心を惹きつけて止まなかった。
ユキは水槽を見つめたまま、ふわりと笑った。
「綺麗ですね」
「ああ、ユキ。本当に綺麗だ」
俺はユキを見つめながら、
ユキは水槽に広がる壮大な光景を見上げながら、
俺達は互いの手をぎゅっと握りしめる。
館内にアナウンスが流れる。
それはイルカショーを始める事を来場者に告げていた。
「晴くん、イルカショーですよ。見に行きましょう」
「イルカショーを見るなんて数年ぶりだ、楽しみだな」
俺とユキはアーチ状のトンネルを抜けてイルカショーの会場へと向かっていった。
階段を登って一階に戻り、屋外に作られたドルフィンスタジアムという名の施設に到着する。
既に多くの人達が集まっていた。これから始まるイルカのショーが待ちきれないとはしゃぐ子供達、それを微笑ましく見守る父親と母親の姿。
俺達はそんな家族連れの横を抜けて、空いていた席を見つけて座り込んだ。
ショーが始まる。
飼育員と共に現れるイルカの姿に歓声が上がる。会場には楽しげな音楽が鳴り始めた。
飼育員がイルカの上に乗って水上スキーを披露するところからショーが始まって、優雅に泳ぐイルカの群れが水面から大きく飛び上がる。
音楽に合わせるよう泳ぎ回るイルカ達。水面を飛び跳ねながらくるくると回ったり、大きな輪っかをくぐって見せたり、フラフープを上手に回す姿は可愛らしい。
その演技が披露される度に観客は大きな拍手を響かせた。
そして俺の隣でユキはイルカのショーを楽しんでいる。
泳ぎ回るイルカ達の姿を見つめて子供のように喜ぶユキ。
そのあどけない姿に俺は笑みを浮かべた。イルカショーを純粋に楽しむ彼女は本当に可愛らしくて、ユキと一緒に居ると退屈しない、心の底から楽しいと思えた。
包帯を巻いたユキとの記憶が鮮明に思い浮かぶ。
俺はこの光景が好きだった。何よりも大好きだった。
俺が小学生の頃にユキを水族館を誘った理由は、輝く魚達の姿を眺める為でも、イルカショーが見れるからでもない。
ユキの楽しむ姿を見る為だった。
こうして一緒に居られる事が何よりも幸せだったから、俺は母さんに頼んで何度もここにユキと連れてきてもらったんだ。
俺はそれを思い出す。
またユキと何度もここに来たいと願いながら、隣に座るユキを見つめた。
「晴くん?」
「ユキ、どうした?」
ちらりと俺の方を横目で見つめるユキと目が合った。
白い頬にほのかな朱色を差し込みながらユキは俺に問いかける。
「いえ……。イルカショーそっちのけで、ずっとわたしの事を見ているので……その、恥ずかしいです……」
「ああ、ごめん。ユキが楽しそうにしているのを見てたんだ。イルカが飛び跳ねる度にコロコロ表情が変わってさ、それが凄く可愛くて」
「も、もう……。晴くんはすぐそういう事を言うんですから……」
「だって言った方がユキの可愛い反応が見れるだろ」
「むぅ……。あんまりからかうと……お昼のお弁当は抜きにしちゃいますよ?」
「それは困るな。ユキの手作り弁当、楽しみにしてたのに。ちゃんとショーも見てるから許して」
俺が降参するように両手をあげるとユキはくすくすと笑い始める。
それから俺とユキは肩を寄せ合ってイルカショーを楽しんだ。
幼い頃に見た光景をそのままに、けれどあの時よりもずっと近い距離で、俺達は新しい思い出を紡いでいく。
これからも、この先もずっとユキと一緒に――。
そんな想いを抱きながら俺はイルカショーの光景を目に焼き付けていくのだった。
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