第1話、包帯の少女②

 あの日、俺はユキを自宅へと送り届けた。


 意外な事に彼女の家は俺の家のすぐ近くにあった。


 ユキの母親はとても美人でびっくりしたのを今でも覚えている。ユキは涙ながらに今日あった事を話して、俺がいじめられていたユキを助けた事を、初めての友達になってくれた事を伝えた。


 ユキの母親もその話を聞いて喜んでくれた。ありがとうございます、これからも仲良くして上げてください、と俺に優しく微笑んでくれた


 今まで学校に行く時は母親から送ってもらっていたそうだけど、その日を境にユキは俺と一緒に歩いて通学する事になった。ランドセルを担ぎながら学校に行く時も帰る時も、肩を並べて登下校した。


 ユキと同じクラスのいじめっこ共と学校で鉢合わせして、この前の仕返しだと喧嘩になったりもした。けれど腕っぷしが強かった事もあって、あのガキ大将を正面から返り討ちにして声を荒げたものだ。


 そして休み時間になるとユキは必ず俺の教室にやってくる。


「晴くん、今日も来ちゃった……良いかな?」

「ユキ、やっほー。聞きたい事があったんだ」


「なに? 聞きたい事って?」

「土曜日って予定とかある? その日にさ、母さんと水族館にお出かけする予定なんだけど実はユキも誘いたいなって思ってて」


「ほんと? 土曜日は空いてるから……晴くんが連れて行ってくれるなら、わたしも行きたい……」

「やったー! それじゃあ母さんにも言っておくね!」

「う、うん! 楽しみにしてる……!」


 ユキは包帯の下で微笑む。


 俺は彼女がこうして笑ってくれる姿を見るのが好きだった。そして悲しんでいる姿は決して見たくない。だから学校でいじめられているユキを何度も助けて、家に帰って遊ぶ時もユキを喜ばせようと色々な事をしたのを覚えている。


 そうして仲良くなっていく中で、ユキがどんな子なのかを知っていく。包帯に覆われているけれど、その包帯の下のユキは何処にでもいる普通の女の子で、口下手だけれど頑張って自分の気持ちを伝えようとする健気な子だという事を知った。


 そして同時に俺の中に恋心が芽生えていく。

 包帯を巻いた少女、素顔は一度も見た事がないけれど、彼女の優しくて健気な内面に惹かれていた。


 俺の家とユキの家は家族ぐるみの付き合いになっていって、学校が休みの時は一緒に色んな所に出かけた。


 水族館だったり、夏祭りだったり、冬は一緒にクリスマスパーティーもしたっけか。


 初詣に行く時は家族総出で神社に行ったりもした。


 お賽銭を入れた後、ずっとユキは手を合わせて何かを祈り続ける。何をお願いしたのか聞くと耳を赤くしながら照れて誤魔化した。


 後でその内容を知る機会があった。


 その内容が『晴くんともっと仲良くなれますように』という願い事だったと知った時は、嬉しくて仕方なくて胸が熱くなったのを今でも覚えてる。


 その願いが叶えられるように、ユキの事をもっと大切にしようと思ったものだ。


 俺が初詣の時に手を合わせて願っていたのは『ユキともっと一緒にいられますように』というもの。まだ幼かった当時の俺は、ユキへの恋心を上手に言葉に出来なくて、この願いに想いの全てを託した。


 そして四月になって進級した時、その願いは叶った。


 四年生になるとユキと同じクラスになって、俺達はもっと仲良くなれた。


 それから卒業式を迎えるまで、ユキとはずっと同じクラスだった。


 俺がいつも一緒にいる事で本格的にユキへのいじめもなくなって、彼女の学校生活は激変したと言っても良かった。


 俺の傍にいるユキは笑顔を絶やさない明るい子に変わっていった。


 人間関係ではいつも俺を頼ってくれて、俺が苦手な勉強になると色々な事を教えてくれる。ユキはとても頭が良かった、小学生の時のテストは全部満点。俺とユキは足りないものを互いに補う関係だった。


 俺には包帯の下の彼女が、誰よりも輝いて見えていた。その優しい性格は天使のようにも思えて、俺達の間には確かな絆が生まれていく――けれど、その関係は小学校の卒業と共に突然終わりを迎えてしまった。


 その理由。


 ユキが包帯を顔に巻く原因、それが病気なのか怪我なのかは分からないけれど、それを治す事が出来る病院が見つかって、その病院が遠い海外にある事を告げられた。


 ユキとの別れは悲しかった。


 ずっと傍にいたユキが居なくなる生活を想像する事すら苦しかった。何度も枕を濡らした。それはきっとユキも同じだったと思う。


 別れ際の空港で、ユキはそっと俺に寄り添った。


「わたし、包帯を外せるようになって日本へ帰ってきたら……また晴くんと仲良くしたい、一緒にいたい」


 涙を零しながら告げるユキの言葉に、俺はそっと小指を差し出す。


「僕、ずっと待ってる。ユキが帰ってくるのを。包帯が取れるのを信じてる。だから必ず帰って来てね」


 涙を拭いながらユキも小指を差し出した。


 二人で小指を絡ませ約束を交わす。


 それから飛行機の搭乗時刻が来るまで、ユキが帰ってきてからの事を二人で語り合った。


 治療には長い時間を要する。中学生の間は戻ってこれないだろう。でも高校生になったら、その時はきっと再会出来るはずだ。


 だから俺とユキは、桜並木の先にある綺麗な高校へ一緒に通う事を誓い合う。


 高校生になって、同じ学校に入学して、共に時間を過ごして、一緒に卒業する。その先もずっと一緒にいるんだと約束した。


 それが俺とユキが交わした最後の言葉だ。


 ユキを乗せる飛行機が飛び立つのを見送りながら、俺は必ず約束を果たすのだと、ユキとの夢を叶えるのだと決意を固めた。


 ユキが行きたいと言った学校は県内でも有名な進学校で、中学に上がった当時の俺では学力が全く足りなかった。


 けれどユキと同じ高校に入りたいという強い想いを胸に、俺は苦手な勉強に向かい合った。


 父さんも母さんも協力してくれた。


 帰ってきたユキにしっかりと顔見せ出来るような立派な男になりなさい。そう言って協力を惜しまなかった。


 海の向こうでユキは包帯を外せるように頑張っている。だから俺も頑張らないと、そう思ったんだ。


 ユキとの誓いを胸に、彼女との再会を願って、俺は中学での三年間を全て勉強に捧げた。


 その努力は実った。

 俺はユキと約束した高校に合格する事が出来たのだ。


『晴くんともっと仲良くなれますように』

『ユキともっと一緒にいられますように』


 あの日の願いを叶える為に。


 そして約束の日が訪れた。

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