第2話、約束の日①
――入学式の日。
校庭は多くの新入生で賑わっている。
クラス分けが書かれた掲示板の前で、自分の名前を探す生徒達で溢れ返っていた。
中学からの友人が同じクラスになる事を喜び合っている光景に、クラスに知り合いがいない事に意気消沈する生徒、新たに友達になった生徒同士が楽しげに談笑している姿など、皆がそれぞれの想いを抱いてこの場にいるようだった。
その中には俺の姿もある。掲示板を見上げて、自分の名前を探していた。
「晴、あったかい。どのクラス?」
「そう焦るなって。えーと……」
一年三組に雛倉晴の文字。
隣に立っている中学からの友人、
「やったね、晴。僕と同じクラスじゃないか」
「ああ。でも忘れ物とかするなよ、秋也。クラスが一緒だともう教科書とか貸してやれないんだから」
「僕を舐めないで欲しいな。既に他のクラスに友達を作ってある、問題ないよ」
「流石は陽キャ。コミュ力高すぎ」
「ふふん、羨ましいかい?」
「はいはい、うらやましー」
棒読みで返すと脇腹を小突かれる、痛いっての。
秋也とはこうして軽口を叩いたりふざけ合う仲だ。
秋也は容姿端麗で、性格も明るく誰とでもすぐに打ち解けられる、中学の頃も人気者だった。
友達が少ない俺とは全く違う人種だが、不思議と馬が合って中学の頃からずっとつるんでいる。
同じ高校に進学した事もあり、俺達の仲はより深まったように思う。
でも今はそんな友人とのやり取りより、どうしても気になる事があった。それを確かめずにはいられない。
この掲示板に書かれたクラス分けには、この高校に入学した一年生全員の名前がある。つまりユキの名前が何処かに載っているはずなのだ。
あれからずっと会っていない幼馴染みの少女、ユキ。
俺はユキと離れ離れになるあの時、約束を交わした。
一緒にこの高校に通う事を誓い合った。だからここにユキの名前が必ずあるはずだと、掲示板に書かれた生徒達の名前を目で追っていく。
元気にしているだろうか、ちゃんとご飯は食べているのか、辛い思いをしていないか、不安は尽きない。
何より包帯を外す事が出来たのか、もしそうなら頑張ったユキの事をめいっぱい褒めてあげたかった。
まず目を通したのは俺の一年三組。そこに甘木ユキの名前はない。
でも大丈夫だ、同じクラスじゃなくても……他のクラスにユキの名前があれば。
他のクラスの名簿に視線を移して、決して見逃さないよう一文字一文字を追っていく。
そんな俺に心配した様子で秋也が声を掛けてきた。
「ユキちゃんの名前探しているんだね。晴が中学の頃からずっと言っていた、幼馴染の」
「言ってたな。約束したんだ。離れ離れになる時、一緒にこの学校に行こうって……だから絶対見つけないとなんだよ」
「一途だよね、晴。そういうとこ、僕は好きだよ」
「……っあ」
「ユキちゃんの名前、あったかい?」
期待を込めた目で見つめてくる秋也だったが、俺の口から漏れたのは落胆の声だった。
何処にもない――クラス名簿の隅から隅まで確認しても、ユキの名前は何処にも無かった。
心臓が早鐘を打ち始める。
嫌な汗が全身から噴き出してきて、目の前が真っ暗になる。俺の胸は締め付けられるように痛んだ。
あの願いは届かなかったのか、ユキはまだ包帯を外せていない、日本に帰ってきていない――約束は果たされなかったのか?
「晴、大丈夫かい?」
「これ、夢か……。悪い夢でも、見てるんだろ……だって、こんなの、ありえないって……」
「落ち着くんだ。ほ、ほら、あるじゃないか! 僕らのクラスにユキって子の名前が」
「
俺は俯きながら首を振った。
秋也が指差す名前は確かにユキだった。
けれど俺が約束したのは甘木ユキであって渚沙ユキではない。
項垂れる俺を慰めようと肩に手を置いた秋也。
その時だった、掲示板の前に集まる生徒達がざわめき始めたのは。
「晴、ちょっと見てみなよ。凄い子が来たけど?」
「……すごい子?」
俺は秋也の言葉に顔を上げる。
そしてそこに集まっていた生徒達の視線が、一人の少女に注がれている事に気付くのだ。
銀色の長い髪が、桜の花びらと共に風で揺れている。
降り積もったばかりの新雪を思わせる銀色の髪を腰まで伸ばし、純粋無垢な白い肌は太陽の光を浴びて輝いていた。
長いまつげに縁取られた大きな瞳は青く透き通っており、小さな桜色の唇は花びらのように可憐で美しい。
その顔立ちは精巧に作られた人形の如く整っており、あどけなさを残しながらも完成された美貌を宿していた。
天使と見紛うばかりの容姿をした美少女が、桜並木の続く道を歩いてくる。その姿に見惚れてしまう生徒が後を絶たなかった。
しかしそんな周囲の反応など意に介さず、彼女は一人で校庭へと足を踏み入れる。それから真っ直ぐに掲示板を見上げると自身の名前を目にして足を止めた。
生徒達のざわめきが大きくなっていく。
俺もそんな彼女の姿を呆然と眺めていると、不意に彼女と目が合った。
吸い込まれそうな青い瞳に見つめられ俺は思わず息を呑む。
すると彼女は俺に向けて微笑みを浮かべる。
それはまるで蕾が綻ぶような優しい笑顔だった。
幻想的で神秘的で、本当に天使なのではないかと感じる程の尊さすらあった。同時に彼女が自分には縁のない存在で、俺とは住んでいる世界が違うのだと本気で思ってしまう。
やがて少女が生徒玄関へと向かうと、ようやく周囲のざわめきも収まり始めた。
だが男子生徒の大半はいまだ興奮しており、同じクラスになりたいだとか、連絡先を知りたいとか、付き合いたいとか、そんな会話が聞こえてくる。
一方で女子生徒達は彼女に近づきたい気持ちと、高嶺の花すぎて恐れ多いという複雑な感情が入り交じっているようで、遠巻きに彼女を見つめているだけだった。
そんな光景を尻目に、俺はそのまま何事もなかったようにその場を離れようとする。
「ねえ、晴。凄くクールな感じだけどさ、あの子に興味ないのかい?」
「ない。だって、俺には関係ない人だし」
「そっか。晴はユキちゃんに一途だもんね。流石だよ、全く動じていないんだから」
秋也は感心した様子で答えると、俺の隣を並んで歩き出した。
けれど内心ではかなり動揺している自分がいる。
あんな美少女に微笑みかけられたら、誰だって平常心でいられるわけがない。
実際、すごく綺麗な人だった。
彼女と仲良くなりたいと思うのは男子にとって当たり前の事だろう。
でもいいんだ。
ユキが帰ってきてくれるまで、俺には新しい出会いなんて必要無いのだから。
自分に言い聞かせるようにそう心の中で呟いて、俺は新入生で溢れる校庭を後にした。
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