第2話、約束の日③

 二人きりでもっとたくさんの話がしたいと、俺はユキと一緒に学校の屋上へと向かった。


 晴れ渡る青い空が何処までも続く。


 眩しい日差しに照らされながら、俺達は咲き誇る桜が見えるフェンスの傍にまでやってきた。


 そしてユキはゆっくりと振り返る。


 桜舞い散る風が吹いた。


 春の風で揺れる艶やかな銀色の髪。宝石のような青い瞳は潤んでいるように見えて、頬もほんのりと赤みを帯びている。


 そんな彼女を見て俺は思わず息を呑んだ。


 自分の胸の中で何かが弾けるような感覚を覚えて、心臓の鼓動が激しく脈を打つ。


 小学生の頃、顔も知らないユキの事が好きだった。けれど包帯の下のユキがこんなに可愛い子だったとは知らなくて、余計にどきどきと胸が高鳴ってしまう。


 彼女が俺の知らない誰かなら、手も届かないような美少女だと思っていたのなら、きっとこうはならなかっただろう。


 誰よりも俺の傍に居てくれたユキだからこそ、胸の高まりを抑えきれなくて、まるで夢を見ているような感覚だった。


 それに俺の前で話すユキは、照れ屋で口下手で引っ込み思案だったあの頃と何も変わらない。


 他のクラスメイトには見せない俺だけが知っているユキの姿に、懐かしさを感じられずにいられなかった。


 そんなユキは頬を染めてもじもじしながら俺の方を見る。その仕草が可愛くて仕方がなかった。


 あの頃のユキもいつも照れながら、それでも真っ直ぐに俺の顔を見つめていた気がする。


 今こうして再会した包帯の下のユキも、照れながら嬉しそうに笑ってくれた。


「晴くん。ここなら二人きりで、もっとたくさんお話ができますね」

「ああ、ユキ。本当にびっくりしたよ、帰ってきてたんだな」


「は、はい。本当は……校庭でも晴くんを見つけてて。でも晴くん、すごい大人っぽくなってて、わたし全然気付かなくて……」

「身長も伸びたしな。顔つきだって全然違うし、気付けって方が無理だと思う。俺だってユキの事が初めは分からなかったんだ。だから気にしないでくれ」


「ありがとう、晴くん。えへへ……晴くん、すっごく背が高くなったから、こうやって見上げないといけなくなっちゃいました」

「そうだな。ユキが小さく見えて、ちょっと新鮮かも。小学生の頃は同じくらいだったのに」

「ちょ、ちょっとは身長伸びましたよ……。晴くんより小さいけど」


 そう言ってユキは俺に近寄ると、少し背伸びをしながら俺の顔を見上げる。それでも全然届かない姿が可愛くて思わず笑ってしまった。


 ユキはぷくっと頬を膨らませると俺の胸にこつんと頭をぶつけた。


 拗ねているところも昔と全く変わっていない。それがまた可愛くて俺はあの頃のように頭を撫でてしまう。するとユキは気持ち良さそうに目を細めた。


「……ん、晴くん。手もおっきい」

「ユキの甘えんぼうなところ、変わってないみたいだな。小学生の時とおんなじだ」


「そ、そんな事ないです……。わたしもう子供じゃない、です」

「どうかな。新入生の挨拶の時はすごく大人っぽく見えたのに、今はこんな感じだし」


 登壇して喋っている時のユキは凛々しくて、とても高校生とは思えないほど落ち着いていて、しっかりしていたように見えた。でもこうして照れながら頬を赤くしているユキの姿は、やっぱりあの頃と変わっていない。


 しばらく俺に撫でられて、頬をふにゃふにゃに緩ませるユキ。


 彼女の甘い香りと柔らかな感触に、俺はまたドキドキしてしまう。身体が熱くなりすぎてどうにかなりそうだった。


「それで、色々あって伝えるのが遅くなったんですが……実は数ヶ月前には帰ってきていて」

「苗字が変わっている理由は? 甘木じゃなくて渚沙って」


「えと、それは……いろいろあって」

「そ、そうか。ごめん、変な事を聞いちゃったな」


「大丈夫です、謝らないで。とにかくね、今こうやって晴くんと再会出来て、わたし嬉しいです」


「ユキ、向こうで頑張ったんだな。包帯が取れたんだ。俺もさ、必死になって勉強したよ。ユキが一緒に行こうって言ってくれたこの学校、偏差値すごく高いから中学の3年間は必死に勉強してなんとかなった」


「それも謝りたくて。小学生の時はあまりそういうのに詳しくなくて……」

「校舎が桜でとっても綺麗だから、とか、制服が可愛いって良く言ってたもんなあ。まあ小学生の時は偏差値とか分かんないし仕方ないさ」


「晴くんに大変な思いをさせてちゃいました、ごめんなさい……」

「気にするなって。ユキともう一度同じ学校に通いたいって、夢を叶える為に必死になれた。それに勉強をしてないとさ……海外に行っちゃったユキの事ばかり考えちゃうから。あの時の俺にはちょうど良かったんだ」


 ユキが居なくなった喪失感は大きかった。胸にぽっかりと穴が開いてしまったようだった。その寂しさを紛らわすのに勉強はちょうど良かったんだ。


「これからはまた毎日一緒ですよ。高校での三年間、また小学生の頃のように仲良くして欲しい、です」

「もちろんだ。クラスも同じになれたんだ、仲良くしような」


 小学生の頃、毎日遊んだユキと高校生になって再会出来て、そしてまた一緒に居られる事が何より嬉しかった。


「こっちに帰ってきてからは何処に住んでいるんだ? 前に住んでた家はもう別の人が住んでいるみたいだけど」

「えと、今日からマンションを借りて住む事になりました」


「なるほどな。実は俺も今は一人でマンション暮らしなんだ。高校に入学する前からもうそこで暮らしてて。ちなみにユキは何処のマンションを借りてるんだ?」


「ふふ、すぐに分かりますよ。だから今は内緒です」

「今は内緒って……まあ良いか」


 こうしてユキと仲良くしていれば、小学生だったあの頃のように彼女の住む場所を訪れる事もあるだろう。今度遊びに行く時にそれを聞けば良い。


「それじゃあ晴くん、そろそろ帰りましょう。今日は入学式だけで午後からの授業はないので、一緒に」

「そうだな。一緒に帰るか」


「えへへ、晴くんと二人で帰るのをずっと楽しみにしてました」

「俺もだよ、ユキ。ずっとこの日が来るのを待ってたんだ」


 そして俺達はゆっくりと歩き始めた。

 ユキと一緒に真っ直ぐ帰路へとつく。


 きっと明日も明後日もこの光景が続いていくはずだ。それが楽しみで仕方がない。


 初詣のあの時、二人で手を合わせて願った想い。


『晴くんともっと仲良くなれますように』

『ユキともっと一緒にいられますように』


 その願いが叶った事を知った。

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