35.「手紙のバトンをつないでいく」
「うわーまじで暑い、焼けそう。物理的な意味で」
「口ばっかりじゃなくて手を動かせ、静葉」
「はいよ~。あ、隼人お水とって」
「うい」
桶から柄杓で水をすくって、お墓のてっぺんから冷たい水を流してやる。
炎天下にじわじわ照らされた墓石は熱を放っていて、私たちは汗を垂らしながらもくもくと作業を進める。一種の儀式のようだ。
この重い石の下に、隼人のお母さんが眠っている。
ぎっくり腰になったおばあちゃんが、恋人同士になった私たちに初めて頼んだことはお墓の掃除だった。
「この腰じゃあ、今年は行けないからねえ」
「頼んだ、若い二人」
おじいちゃんは何か含みがある笑みで、私に向かってサムズアップした。
おばあちゃんは「これでアイスでも買ってきなさい」と言って、遠慮する隼人に半ば無理やりお金を握らせている。
隼人はもうすっかり大きくなって、大人に近づいているけれど、二人にとっては大事な孫なんだなと温かい気持ちで見ていた。
墓石を磨き上げてお花を生けると、暑い日差しの下で、そこだけ涼しげに見えた。
汗をふくと、交互にお線香を立てて、手を合わせる。
その瞬間、世界が静まり返って、死者と私たちだけがそこにいるように感じた。
隼人のお母さん、どうか天国で安らかな日々を過ごしていますように。
彼のことは私が隣でずっと守ります。だから、安心してください。
しんとした空間の中で、隼人のお母さんへ思いを乗せる。
ふと薄目を開けて隣の隼人を見ると、ぎゅっと眉間にしわを寄せて、一生分のお願いごとをするみたいに手を合わせ続けていた。
私も隼人にならって、もう一度ご先祖様に手を合わせた。
「俺さ、いつか母さんに書いてみようかな」
「ん?」
隼人は桶を持つと、私の手をごく自然にとって、ぎゅっとつないだ。
「手紙。母さんが生きてる時、俺に伝えられなかったように。俺も、天国にいる母さんに自分の気持ち、届けたい」
「……うん。すごく、いいと思う。お母さんもきっと、成長した隼人の気持ちを知ったら、嬉しいし、驚くよ」
気の利いた言葉を選べなくて少し悔しいけれど、心の底から本当にそう思った。
私が隼人に、そして隼人が天国のお母さんに、手紙のバトンをつないでいく。
「だから、そん時は……」
隼人がお母さんの眠る大きな石を見ながら、独り言のようにつぶやく。
「なに」
「いや、なんでもないわ。よし、任務完了」
「えちょっと、不完全燃焼なんだけど‼」
「はあ~あちいな本当。早く帰ろうぜ」
勝手に話を終わらせる隼人に向かって声を上げると、ぐいぐい私の手を引っ張って歩き出す。
部屋に帰ってスマホを見ると、また親からメールが来ていた。いつもは迷うことなくゴミ箱に移動させる指先が、少し迷って既読にする。
隼人がそうしたように、私もきちんと向き合わなければ。
両親へのわだかまりは、まだ心の中にしこりみたいに残っている。
だけど、このまま私が意地を張っている限り、知ることができたはずのお互いの気持ちに気づかないままだと思う。
今更なんだって感じだけど、このまま平行線は嫌だと思った。
隼人に手紙を書けたように、これからは少しずつ、自分の気持ちを伝えていこうと思う。
全く同じ人間じゃないから、必ずしも受け取ってもらえるとは思わない。良好な関係に戻りたいとは、正直今は思えない。そこには嘘はつけない。
でも、こうして息をして自分の足で地に立っている間は、伝えていきたいと思ったのだ。
大好きな隼人のおじいちゃんやおばあちゃんにも、伝えたい気持ちはたくさんある。
私のことも家族の一員みたいに、優しく見守ってくれる。かけがえのない存在。
それでも私は心の中に眠るたくさんの想いを、まだ上手に伝えることができないと思う。
だからこうやって、日々を生きていく中で私たちは学んでいくのかもしれない。
自分の心の綴り方を。
「帰り、アイス買ってこーぜ」
「おっけー、おばあちゃんたちにも!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます